犬はお供ではなく、しもべ。
「おっそいわね、佳久也」
双子の片割れが買い物に出掛けて、かれこれ三時間ほどが経つ。コンビニに行くと言っていたから、ついでにプリンを頼んだのだが。佳久也は体が弱いから途中で倒れているのではないか、と桃香は不安になってきた。
桃香と佳久也は双子である。佳久也は病気がちで色も白く華奢なので、よく女の子と間違われる。一方で桃香は元気いっぱいで力が強く、「本当に女の子?」とよく尋ねられる。腹の中で桃香が佳久也の分の元気を吸い取ってしまったに違いないとか、お互いに性別を間違えて生まれてきたのだろうとか、知り合いの誰もが口を揃えて言うのだ。余計なお世話だ。中学で佳久也を追い回していた変態は、「どうして佳久也くんじゃなくて君が女の子なの? 不条理すぎる」と、戯言を吐かしていた。
もしかすると、一見少女のような佳久也は、変質者辺りに拐かされているかもしれない。
なかなか戻らない佳久也を迎えに行くため、桃香はようやく重い腰を上げた。
コンビニへの道すがら、知った顔に出会った。
「はよーっす!」
「なんだ、犬か」
桃香は通り過ぎる。
「置いてかないでくださいよ、桃香さーん」
犬、もとい犬山薙伸は桃香の無視を物ともせず、追い掛けてくる。
「うざいから黙っててよね」
「桃香さん、今日も素敵っすねー」
小さい頃から二人はいつもこんな感じだ。桃香がいじめると、何故か薙伸が喜ぶ。
「そういえば、さっき佳久也が鬼ヶ島先輩に連れて行かれるの見掛けたんすけど」
「え、何よ! そういう大事なことは一番最初に言いなさいよね!」
詳しく教えなさい、と桃香は自らの発言と矛盾した反応を示し、薙伸を急かした。
「コンビニからの帰りみたいだったんすけど――」
「じゃあ、プリンは買った後だったのね! 早くしないと悪くなっちゃう!」
「……佳久也、心配じゃないんすか。具合悪そうでしたよ」
「うっそぉ……最近調子良さそうだったから油断してたわ。走り込みのおかげか喘息も軽くなったし、風邪も三ヶ月に一回しか引かなくなったし」
「普通、そんなに引かないっすよ」
体調不良と誘拐の併せ技となると、さすがの桃香も困り顔である。
「知らないわよ。だって、佳久也は毎月引いてたし、あたし、風邪って一回も引いたことないんだもん」
なんとかは風邪引かないって言うけど、馬鹿って言った奴が馬鹿なんだからね!
「とにかく、プリンと佳久也を取り返しに行くわよ!」
そんな訳で桃香は意気揚々と薙伸の首根っこを掴み、引きずるように連れて行くのだった。