佳久也、強制連行
それは、光のどけき春の日のことだった。
まず、家から徒歩三十分のところにコンビニがある。少し遠いが最寄りなので近所と呼ばざるを得ない。そのコンビニから、佳久也が買い物を終えて帰ろうとした矢先だった。
「やあ、久方ぶりだね!」
中学の元先輩、鬼ヶ島天都が、そこにいた。現在、佳久也は中学を卒業したばかりで、天都は佳久也の進学する高校の新二年生だから、元は要らないかもしれないが。
「……三日ぶりですね」
そして、厳密にいえば、頻繁に同じコンビニで会っているので久しぶりではない。
「たかが三日、されど三日さ! 君に会えない間、一日千秋の思いでいるというのに」
ちなみに、鬼ヶ島天都は変態である。中学時代には散々追い回され、逃げ惑った。あまり熱心に走るので、陸上部に勧誘されてしまったほどである。また、天都はイケメン眼鏡男子として女子にそこそこ人気があった。それが、女子どころか男子の佳久也にくっついて回るのだから、女子からの刺すような視線はもちろん男子からの好奇の視線も痛かった。
「さあ、佳久也くん、危ないから送って行こう」
「いや、別にいいですよ」
むしろ貴方のほうが危ないですよ、と佳久也は思ったが言わなかった。
「遠慮は要らないよ、佳久也くん」 断りの言葉を考えるのも面倒臭い。
元々病弱な佳久也は、百パーセント元気なことのほうが珍しい。今日もなんだか気分が優れなかったが、動けば治るだろうと考えて出てきてしまった。そのうえで鬼ヶ島天都に出会して症状が悪化した気がする。早く帰ろう。
この辺りほとんどがは田んぼ道だ。見晴らしが良い。佳久也が進むとその数メートル後ろを天都が付いてくる。ストーキングにしては堂々としたものだ。いや、送って行くと言われて断らなかったから、送られているのか。しかし、この距離はなんだろう。話くらいすれば良いのに。
歩き出してしばらく佳久也の足元の感覚が安定しなかったが、軽い目眩ならよくあるし、このくらいなら歩ける、と頑張っていたのだが。
あ、まずい、と佳久也は蹲る。
「ちょっと待って……」
強い目眩が来た。目眩と吐き気はいつもワンセットだ。
「うぇ……気持ち悪」
「大丈夫か」
天都がいつの間にかすぐそこにいて、佳久也の背中を擦っていた。
「吐けば、楽に、なるんですけど……」
こんなとき一人だったらどれほど心細いかと思うと、今日ばかりは天都がいて良かった。
「ひとりで歩けそうか?」
「しばらく休めば大丈夫です」
「しばらく、ねえ……」
天都は思案顔で一唸りしてから、
「それじゃ、うちにおいで」
と言った。
「あの……?」
脈絡がないんですけど。
「君んちよりうちのが近いしね」
「ぼくなら、ここで充分です」
「何言ってるんだ、こんなところで体を冷やしては大変だよ」
言いながら、天都は佳久也に覆い被さるように抱きついた。
「ちょ、何してんですか!」
佳久也の体が浮き上がる。まさしくお姫様だっこである。しかし大した抵抗もできるはずもなく、佳久也はそのまま半ば強制的に連れて行かれた。
「ゆ、揺れます……お、落ち、おろ、おろ降ろしてくださいぃ」
死ぬ! 佳久也は悲鳴を上げながら、必死で天都にしがみついた。落ちるのは嫌だ。
「安心してくれ、絶対に落としはしない」
見上げれば、天都の鼻から――
「ち、血! 鼻血出てますよ!?」
赤い液体が流れ出している。本当に大丈夫なのか。
「すまないね、あんまりにも君が可愛いから少し興奮しすぎたようだ。だがしかし、愛さえあればこのくらい、なんてことないのさ」
「もう嫌だこの人……」
前言撤回。やっぱり、天都はいないほうが平和で良い。身に迫る危機感をひしひしと感じつつ、佳久也は嘆息した。
帰りたい。