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月には帰りません!  作者: 夏岸希菜子
プロローグ
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現代版リアルおとぎ話

※生まれたときの話…?です。


 今から十数年ほど昔、ある寒い冬の日に、竹野家の水道は壊れてしまいました。蛇口を(ひね)ってもきゅうきゅう鳴るばかりで何も出ないのです。食器洗いはもちろん洗濯もできません。元栓を締め忘れて凍結したのが原因だったようです。

 そんな訳で妻、瑞江は仕方なく近くを流れる川へ洗濯に行くことになったのです。

 こんな一大事にも関わらず、夫の岳彦はというと、修理屋に電話を掛けるでもなく、車を出すでもなく、竹細工職人として材料の竹を仕入れにさっさと出掛けてしまいました。せっかく融通の利く自営業なのですから、なんとかしてほしいものです。

 瑞江は修理の業者に予約の電話を入れると、早速二つのカゴを抱えて川へ出掛けて行きました。

「あンの、くそじじい……!」

 洗濯をしながら呟いたその言葉には長年の恨み辛みが凝縮されています。二人は結婚十六年目のアラフォー世代なのですが、これまで岳彦は、店番と家事全般を瑞江に任せきりにし、家ではごろごろとなにもせず邪魔なことこの上ない駄目亭主なのです。瑞江が結婚を申し込まれたときには、『絶対世界に名を馳せるアーティストになって、おまえを幸せにしてやる!』なんて言われてクラッときてしまったのです。あのときの岳彦は輝いて見えました。ところがどうでしょう。こんな町外れの山際にある小さな店は、世界どころか町内でも知っている人はほとんどいない有り様です。言うだけタダ、ということなのでしょう。その擬餌に見事に釣られました。

「こんなの詐欺だわ、結婚詐欺よ!」

 それでも別れないのは何故かと申しますと、岳彦が男前だということを差し置いても、瑞江の夢が『お母さん』になることだからなのです。なかなか別れを切り出す踏ん切りが付かず、瑞江ももう四十目前です。今から相手を探していては遅すぎます。一度は惚れた相手ですから、仕方ありません。妥協は大切なのです。

 そういう訳で、瑞江は不妊治療の傍ら、毎朝欠かさず近所の潰れかけた神社に「逞しい男の子か、儚げな女の子が授かりますように」とお参りまでしています。高望みしすぎでしょうか。毎日頑張ってはいるのですが、一向に子供を授かることができずにいました。昨晩にいたっては、岳彦にまで『もう年だし、無理なんじゃないの? あはは』なんて言われてしまいました。思い返して瑞江は頭に来て、岳彦の下着を水面に叩き付けます。

「女心がわからないダメ男なんて、熊に食われて死んでしまえ!」

 瑞江は般若(はんにゃ)の形相でさらに激しく殴るように洗い続けました。

「こんなもの、破れてしまえば良いのよ。あんな奴にパンツを穿()かせる必要なんぞないわ! ……ふふ」

 不敵な笑みまで浮かべ始めました。

 そんなとき、上流の方から見慣れないものが流れて来ることに気付きました。あれは、ピンク色をした、巨大なみずみずしい、桃に見えます。桃といえば瑞江の大好物です。岳彦の下着など洗っている場合ではありません。瑞江は、洗濯をさっさと切り上げることにしました。

 川岸に寄って来た桃を捕まえて、カゴに放り込みます。岳彦が帰って来る前に、独り占めして味わいましょう。

 今日は悪いこともありましたが、それを上回る良いことがありました。瑞江は足取り軽く帰路に就きました。


 一方その頃、岳彦は山の中で、光り輝く竹を発見して浮かれておりました。

「こんな珍しい竹で細工を作ったら、売れる。絶対売れるぞ! これで一発当ててやる……」

 それはもう、うわ言のように、そんなことばかり繰り返し口にしています。にやにやが止まりません。街中でこういう不審人物を見掛けたら、あまりお近付きになりたくないと思うことでしょう。

 岳彦はにやつきながら、光る竹を根本(ねもと)からばっさりと伐りました。岳彦には計画性というものがありません。もっと大きくなってからとか、どうして光るようになったのか判明するまで栽培してからとか、そういうことには一切(いっさい)頭が回らないのです。簡単にいってしまえば馬鹿なのです。瑞江が財布の紐を握っていなければ、毎日その日暮らしだったことでしょう。

 ところで話は戻ります。岳彦は採れたての竹を担いでいそいそと山を降りました。思いがけないことに、家の目前で妻の瑞江と出会したのです。カゴの中には大きな桃が入っています。

「旨そうな桃じゃないか。早速剥いといてくれよ」

 擦れ違いざまの瑞江の舌打ちに、岳彦は気付きませんでした。

 岳彦は勝手口に腰掛け、作業を始めます。瑞江はまな板に桃を乗せ、包丁を振り上げました。

 不仲とはいえ、長年連れ添っただけはあります。息はぴったりでした。瑞江が桃を真っ二つに分断するのと、岳彦が竹を割るのは同時だったのです。そして、泣き声が響き渡りました。赤ん坊です。二人もいます。竹と桃から各々ではありますが、同時に生まれたから双子でしょうか。

「嘘っ! 誰の子!?」

「私たちの子に決まってるじゃない! 神様からの贈りものに違いないわ!」

 瑞江は桃から出てきた子供を抱き上げて頬にキスをしました。この子は女の子のようです。

「岳彦さん! そっちの子もあやしてあげてくださいよ!」

 そして、二人は不妊治療に通っていたヤブと名高い病院で出生の証明を偽造してもらい、その足で町役場に出生届を出しに行きました。

 桃から生まれた女の子は桃香、竹から生まれた男の子は佳久也と名付けることになったのです。

 子は(かすがい)、とはよくいうものですが、まことにそのとおりでありました。瑞江は、少なくともこの子たちが大きくなるまでは離婚をしないようにしようと心に誓ったのです。

 こうして、竹野家に幸せと平和が訪れたのでした。


 めでたし、めでたし。


これを、母親が語って聞かせたという(笑)

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