the Reath 【7 】
異世界動物ファンタジーの七話目です。やっとこさ、リースについての謎が少しわかります?
ジャ、マッタネー!!
明るい声を残しつつ、精霊たちはどこかへと再びどこかへと去っていく。
どうやら必要な時になんらかの合図を持って呼び、それが終わるとどこかに帰るというのが精霊たちとここのオオカミとの間柄のようだ。
キャッキャと明るい声を上げつつ高い空へと登って行った7匹の精霊を見送ったあと、そこに残ったのはヴァーガに率いられた巨大なオオカミの群れと、2頭のオオカミだ。
ヴォルクは先ほどからずっと、群れの中へと戻ろうとせずにソラの横に付き添って、ことの成行きを見守っている。
「さて、ソラ殿や」
ヴォルクにヴァーガと呼ばれた初老のオオカミに促され、ソラは彼の正面へと歩き出た。
訝しげに、怪しげなものを見るような視線がヴァーガの背後に控えている群衆から注がれて気になるが、確かにソラはこの世界のオオカミではないので、それは仕方がないものだと諦めるしかない。
「お主は、こちらでは「迷いし者」と呼ばれる、通常なら招かれざらん存在なんじゃ。
先ほどの群れのものの無礼はそれが故に取った行動。許してたもれや」
低いが落ちついて心地よいトーンのヴァーガの口調に、ソラは考えることなく頷いてしまう。ヴァーガが吐き出す声には不思議な魅力がある。まるで言葉自体に魔力があるように耳から脳内へと入ってきて、有無を言わずに彼の言葉に説得されてしまうような不思議な声だ。
しかしソラには聞きたいこと、知りたいことがたくさんあった。例えその魅力的な声に逆らってでも。
先ほどから言われている「迷いし者」というのはなんなのか。
どうして「迷いし者」である自分は攻撃の対象となったのか。
――そして、ここは一体どういう世界なのか。
「あの、ヴァーガさん……」
小さな体から勇気を絞り出し、ソラは透き通ったヴァーガの金眼を見つめる。それはまるで太陽のようで、声に負けず劣らず綺麗だった。
「ああ。分かっておるよ。お主は色々と知りたいんじゃろう。何せこちらのことを全く知らぬ、迷いし者じゃからな。
――多少話しは長くなりそうじゃが、話してしんぜよう」
ヴァーガはソラを見つめ返すと、優しく諭すように話しかけた。しかもソラの不安を少しでも和らげるためであろう、わざわざ目線を合わせて、だ。
流石は30頭以上の群れを纏める長である。細かいところまで良く気付くものだ。
「我が衆よ、しばしワシはこのお嬢さんと話をせねばならん。
ワシが合図するまでは、自由行動を各々取るように。残りたいものは残っても構わんがの」
ヴァーガは一度、後ろにずっと控えていた集団を振り返り、よく通る声で宣言した。
とたん、群れの大半はすーっと風に吹かれた木の葉のように、辺りの木立へと姿を消す。しかし、ヴァーガの「残りたいものは残っても構わん」と言う言葉に残ったオオカミも少なからずいる。その中には、ヴォルクとソラに襲いかかってきた2頭もいた。
彼らはどうやら「迷いし者」であるソラがどうしても気になるようだ。
寝そべったり腰をおろしたりしながらも逐一こちらの様子をうかがっている。
「さて。一体何から話せば良いかの。……そうじゃ。まずは基本のこの世界のことからが一番じゃろう」
立って長話もきついじゃろう。まぁ座りなされ。と言うヴァーガに甘えて、ソラはヴァーガの前に腰を下ろした。
その傍にいつの間にかヴォルクも寄ってきており、ソラと同じようにヴァーガの前で腰を下ろす。
「まず最初に。お主はもう気付いておるじゃろうが、この世界はお主のいた世界――こちらではアース、と呼んでおるんじゃがの、とは異なる世界に位置しておる」
そう言ってヴァーガは目の前に落ちていた大きな葉っぱを口に銜えた。そしてそれを前足で押さえると、続けて口を開く。
「そうじゃの。この世界、リースとお主の世界、アースは葉っぱの裏表のようなもんなんじゃ。
裏表だから、世界は似ておる。しかし、よくよくみるとやっぱりどこか異なっておる」
言いながらくるり、と前足で葉っぱをひっくり返す。
「一番の違いは、精霊じゃな。このリースに生きるものは精霊と共に生き、生活をしておるんじゃ。
精霊はリースの一部であるから、精霊と暮らすワシらもリースの一部というわけじゃの。
このリースで生を受けしものは、生まれた時に最初の契約を精霊と交わすんじゃ。
リースの一部となって生きるためにの」
「精霊は風、地、火、水の四精霊いる。俺らは風の精霊と契約しているオオカミの一族だ」
ヴァーガが一旦口を閉じたそのとき、ヴォルクが横から口を出した。しかし、ヴァーガは一向に嫌な顔を見せることなく、さらにこの世界のことについて話しを続ける。
「先ほども言ったように、リースとアースは裏表のようなもんじゃから、普通は交わることはない。
しかしのぉ。ホレ」
先ほどの葉っぱの一部を抑えて、ヴァーガに覗きこむようにと促された。
ソラがヴァーガの足元にある葉を見つめると、ヴァーガの足が指すそこには虫食いの跡がある。
「たまにの、この虫食いのように表裏、二つの世界が繋がってしまうことがあるんじゃ。
するとお主のようにこちらに迷いこんでしまうアースの住民が出てくる」
「――それが「迷いし者」なんですね?」
低く聞きやすいトーンで紡がれるヴァーガの説明は明確だ。
ソラの知りたかったことを少しずつ、だが分かりやすく話してくれる。
こちら――リースに来てから、ソラは「迷いし者」と何度も呼ばれた。それは、本来こちらにいるべきものではない「迷子」だったからなのだ。
それをちゃんと理解したソラは思わず口に出してヴァーガに問うと、初老のオオカミは愉快そうに笑った。
「カッカッカッ。そうじゃ。お主は物分かりが良いのぉ。説明のし甲斐があるぞい」
ヴァーガはひとしきりカラカラと機嫌良く笑うと、再び説明をし始める。
「迷いし者は、元来こちらに存在しないものなんじゃ。いや、存在してはいけないものと言った方が正しいかの」
ヴァーガがそれを口に出した瞬間に少し空気の揺れを感じた。
驚いて辺りを見回すと3頭を遠巻きに見守っていた数頭のオオカミの上に、何匹かの精霊が控えているのが見える。
……一体どういうつもりなんだろ。
ソラが疑問に思ったそのとき、ヴァーガが鋭い眼光で彼らをにらんだ。
「止めんか、馬鹿ものどもが!!何も分からぬ今、この嬢ちゃんに手を出せば、ワシの命に逆らうものとみなすが良いか!?」
ヴァーガの空気を震わせるほどの怒声に、精霊たちを呼びだしていたオオカミはあわてて服従の意を示す。
どうやら、彼らは再びソラを精霊で攻撃しようとしていたらしい。
――ソラが本来ならばここに存在してはいけない「迷いし者」だから。
「すまんのぉ、馬鹿な外野が多少うるさくて」
ヴァーガが心底申し訳なさそうな顔をしたので、慌ててソラは首を横に振った。
わけのわからないものに恐怖を抱き、排除しようとするのは自然の摂理だ。彼らのとった行動は、きっと彼らにとって当たり前のことなのだから、ヴァーガが謝る必要なんて感じない。
「……そう。「迷いし者」はリースにとって招かれざるもの、もっと簡単にいうと「やっかいもん」なんじゃ」
ふぅ。と大きく一息ついてヴァーガはソラを見つめた。
「この世界は精霊と住民が互いに協力し合い、バランスを取り合って成り立っておる。
そこに異物が混入したら、バランスがどこからか崩れることとなってしまうんじゃよ」
「バランスが崩れることを「軋み」。そして崩す原因となる者のことを「異端者」と呼ぶ」
ヴァーガの説明を補うかのように付けくわえられたヴォルクの言葉に、ソラは少し違和感を感じた。
「……「迷いし者」じゃなくって「異端者」?」
気付いたか、とヴォルクは呟きさらに言葉を補う。
「そう、異端者だ。過去に精霊との契約に成功し、こちらの住民となった迷いし者が存在するから、迷いし者全てが軋みの原因になるわけじゃない。
リースに生まれても何かのきっかけで精霊との契約を失い、リースの異質になって軋みとなるのも実在する。
だから、精霊との契約を持たないものは一くくりで「異端者」と言うようになっている」
それから二頭は顔を合わせ、少しの間ソラに何か言いにくそうな表情を示したが。
意を決したように口を開いたのは、年長のヴァーガだった。
「そして、じゃ。――成長した軋みはいずれ、リースそのものを滅ぼすことなりかねん」
「……はい!?」
ヴァーガの言葉に思わずソラは裏返った声で答えてしまった。
世界を滅ぼす?そんな恐ろしい存在なのだろうか、自分は?だから「迷いし者」だと分かった瞬間、命を狙われたのだ。
確かにそんな危険な存在を放っておくことは色々な意味で危なすぎる。
「しかしな、お主は多少毛色が変わっておる」
思わず気が動転してしまったソラを落ち着かせるように、低い心地の良い声でヴァーガは言った。
「精霊と契約を持たないものは、精霊を見ることが出来ない。――精霊の力を借りていないから」
「……え?そ……なの?」
ヴォルクの言葉にソラは再びびっくりする。ソラには普通に精霊が見えていた。それは当たり前のことだと思っていたのだが。
……どうやらそうではなかったらしい。
「そう。迷いし者には精霊が見えぬのじゃ。
じゃが、お主は見えておる。それがワシには不思議でのぉ。
ワシも長いこと生きてはおるが、そんな迷いし者にあったのは初めてじゃ」
ヴァーガはゆっくりと眼をつぶり、何か考える様子を見せて再びソラに向かい合った。
「お主は普通の迷いし者ではないということは確かじゃ。もしかするとこちらに来たのは、何か理由があるのかもしれん。
というわけでじゃ。お主が何故こちらに来たのか、精霊が見えるのかを知りたければ南の大陸サーアに行ってみるがよい」
「サーア?」
聞き慣れない言葉にソラはオウム返しでヴァーガに聞き返した。
「そうじゃ。その大陸近辺のどこかにある「忘れられた島」に、語り部と言われるもんが住んでおる。
アヤツならお主の謎を解くのに一役買ってくれるじゃろうて。
それとの、ソラ殿。
お主の名前は、こちらの古代語で「太陽」という意味なんじゃよ。
きっと、お主がこちらに来てしまい、精霊が見えるのには理由があるんじゃ。
それを見つけてくるがよい。――ヴォルクと共に」
「……は?」
「ちょっとまてジジイ!!」
ヴァーガからの爆弾発言に、ソラとヴォルクは思いっきり慌てた。ソラは旅は一人で行くものだと思っていたし、ヴォルクにしてもまさか一緒に行けと言われるとはこれっぽちも思っていなかった。
「ジジイとはなんじゃジジイとは。ワシはこれでも群れの長じゃぞ。
元はお前が拾ってきた存在じゃろ。最後まで責任をとるってもんが筋じゃぞい」
カラカラと笑いながらヴォルクに正論を突き付けてきた初老のオオカミに、若いヴォルクが反論できるはずもなく。
ソラの旅のお供としてヴォルクが加わることが決定した。
そしてソラの足が完治した数日後。
二頭のオオカミは南を目指して旅に出た。