the Reath 【5 】
誰得ですか、としかいいようのない異世界動物オンリーファンタジー5話目。リースという異世界に迷いこんでしまったオオカミのソラと、その面倒を見る羽目になった風のオオカミヴォルクのお話。ちまちまとゆっくりながら連載中。
一応、ヴォルクにはソラを警戒し、そしてそれを解く理由があったのだが。こちらのことをまだ何も分かっていないだろうソラにそれを説明してもきっと理解できはしないだろう。
「そーいえばさっきも聞いたけど、ここってどこ?」
傷口の汚れや血を綺麗に舐めとり終わり、隣で時折鼻を高く上げては周囲の匂いから状況を確認しているヴォルクに、ソラは”ここ”に来てからずっと気になっていることを改めて聞く。
生えている植物や目にする景色は、眠る前にソラがいた世界とそっくりだ。それにソラと同じオオカミがいて、獲物としてもらったノウサギもソラの知っている世界のノウサギと姿も味も同じだった。
しかし、ヴォルクが「精霊」と言った変な生きものがいる。何より、白銀と凍てつく寒さが支配していた「冬」ではなく、毛皮を撫でる爽やかなそよ風と、木々の間から零れる柔らかな日差しは、ソラの知る「初夏」のそれとそっくりで、今彼女がいる場所は、眠りに落ちた世界とは違うらしい、ということはなんとなく分かる。が、一体どういう世界で、自分の身に何が起こってしまったのかをきちんと把握していないと、自分が自分で無いような妙な気持ちになってきて、心が落ち着かない。
ヴォルクはしばらく何か考えるような仕草を見せ、ゆっくりと首を横に振った。
「――悪いが、それは俺の口からは言えない」
ヒュウ、とヴォルクが木々の間を渡る風のように高い音を鳴らした。それに答えるように辺りの空気が歪んだような感覚に陥って――
ヴォルクが「精霊」と呼んでいた不思議な生きものが、どこからともなく空中を泳ぐようにして現れた。
ヤッホー!!
呼ンデクレタネ!!
サッキノ空色ノ子モイルヨー!!
ア、本当ダ!!
名前ハナンテノー?
半透明な「精霊」は全部で五匹。多少強面のヴォルクの性格に対し、精霊たちはかなりミーハーというか明るい性格らしい。やたらとテンションの高い様子で二人の周りをくるくる踊る。
「……オイ」
不機嫌そうなヴォルクの、腹の底からひねり出したような低い声に精霊たちは「ヤダナー。冗談通ジナインダカラー」と口ぐちに文句を言いつつも、大人しく周囲をふよふよと漂うだけになる。大人しくなった精霊に冷めた一瞥を送るとヴォルクは重々しい雰囲気を漂わせながらソラに向かって口を開いた。
「そろそろ仲間が着く。――いいか、何があっても動じるな。そして、なるべく俺の傍にいろ」
緊張を見せる態度のヴォルクに、ソラも思わずピンと尻尾を伸ばし。神妙な顔つきでこっくりと頷いて了解の意を示した。
――う゛ぉるく、来タヨ。
高めの所を漂っていた精霊の一匹がすーっとヴォルクの元へと降りてきて、耳元で囁いた。
ヴォルクはその声にゆっくりと腰を上げると、痛めた足を放り出して座ったままのソラを後ろに庇うように立つ。
ヴォルクが見つめる針葉樹の木立から姿を現したのは、白毛混じりの壮年期をいく年か前に過ぎたであろう、一頭の初老のオオカミだった。
そしてその背後から群れの構成メンバーであろう他のオオカミも次々と姿を見せ、ソラは目の前に現れたオオカミの多さに驚愕する。
強く賢い両親に率いられ、かなりの勢力を誇っていたソラが生まれた群れは、近辺の他の群れと比べると大きな群れだった。それでもソラも入れて12頭という大きさだ。しかし今目の前に姿を見せたオオカミの数はその倍を軽く超えており、確実に30頭以上はいるように見える。これだけの規模を統率し、かつ養うことが出来るオオカミなんて今まで見たことはもちろん、聞いたことすらない。
どんなに大規模な群れでも20頭前後が限界だ。それ以上になると個々の上下関係や食糧問題など様々な難問が浮上する。その結果、群れがちりじりになって消滅するか分裂して小さな群れになっていくのが当たり前だ。
しかし目の前の群れのオオカミたちには、確執などからくるような傷や怪我は一切なく、それどころかソラと同じ年ぐらいのオオカミの一頭一頭でさえ十分に栄養が足りているらしく、綺麗な毛並みと健康的な体つきをしている。
極端に大きな群れだが、ちゃんと正常な群れとして機能しているようである。
「急にワシを呼びつけるとは、なんぞあったかのぅ、ヴォルクや」
幾多ものオオカミを背後に従えたリーダーらしき初老のオオカミは、ヴォルクにゆっくりと近づくと彼の後ろに庇われたような形で座っているソラを目にとめた。
「ほぅ。お前も拾ったようじゃな、チビさんを」
少しおもしろげな表情を映した金眼を細めながら、視線をゆっくりとヴォルクに戻す。
『お前も』とは果たして一体どういうことなのだろうか。と疑問が湧いたが、それをヴォルクに聞くような場面ではないということが、ソラには何となく感じられた。
――ヴォルクが――ヴォルクの精霊たちすらも――かなり緊張した様子で、その初老のオオカミに対峙している。
同じ群れの仲間だろうに、なんでここまで緊張しているのだろうか。全く眼を覚まして以来、ソラにはわからないことづくしである。
「で。そのおチビさんはどこの眷族かの?――お前の隠し子で風の子かのぅ?」
「……なっ!?」
思ってもいなかった発言に、思わずヴォルクは絶句する。
リーダーが投下した『隠し子』という言葉の爆弾に思わず動揺を見せたのは、ソラの目の前にいるヴォルクだけではなかった。群れの中のオオカミ数頭も「え?」「マジ?」「……ありえないでしょ」「……だがヴォルクだぞ?」とザワザワし始める。
「冗談じゃ。まったく、相変わらずお主は真面目すぎるのぉ」
いかにも愉快そうにカッカッカッと豪快な笑いを見せつつ、初老のオオカミは「で、どこのおチビさんじゃ?」とヴォルクに発言を促した。
ヒュゥ、と風の鳴るような音がして、精霊たちがソラの周りを取り囲む。そして、ヴォルクはゆっくりと口を開いた。
「こいつは、どこの眷族でもない。――『迷いし者』だ」