the Reath【4】
the Reath4話目。誰得ですか?な、オオカミが主役のオリジナル動物ファンタジー小説です。とりあえず、オオカミをリアルに近づけるために四苦八苦中。
極限までの空腹と、それを満たすことの出来る目の前に差し出された新鮮な獲物のせいで、ソラはすっかり忘れていた。
――自分の四足が傷だらけであることを。
まだ歩き始めた最初の方――ソラが倒れていた、一面の花畑あたりは良かった。痛めた肉球で触る花や草はふわふわと柔らかく、それほど足に負担はかからなかったから。
だが今は、その花畑を抜けて低木や藪の生い茂る場所もある森林地帯に入っている。傷ついた肉球に触れるのは、瑞々しく柔らかかった花でも草でもなく、乾燥して水気を失った枯葉であったり小枝であったりという多少硬さを持つものだ。まだ踏んだものが枯葉ならばマシだ。確かに乾いた葉のフチは肉球を擦るけども、それほど過敏に痛みを感じさせない。しかし小枝や大地に張り廻っている樹の根は別だ。硬くしっかりと自己主張してくるそれらは傷ついた肉球はもちろん、痛めた爪までも刺激してきてどうしても歩くスペースがゆっくりになってしまいがちだ。
ヴォルクに付いてこい、と言われて大人しく彼の後を追っていこうとしてはいても、気が付けばソラと彼との間にある距離は数歩の駆け足程度では追いつけないくらいに広がっている。
――このまま、わけのわからない世界でも誰かとはぐれちゃうなんて嫌だっ!!
ソラがこの、今まで自分が知ってきた世界とは違う場所に来てしまったのは、容赦のない白銀の雪嵐で群れからはぐれたせいだった。それが無ければこんな場所に来ているわけないし、あのまま家族や群れの仲間とともに極寒の冬を生きていたはずである。
突然気が付けば、今まで生きてきた世界とは明らかに違う世界に来ていて戸惑っているうちに、何の因果か同じ「オオカミ」と出会うことが出来た。そのオオカミ、ヴォルクはソラの奇妙さに多少戸惑ってはいたようだったが、比較的好意的に彼女に接してくれていた。……右も左もわからない世界に放り込まれた今、その好意を見せてくれたヴォルクに頼る以外、ソラに選べる道はない。
足は痛い。しかしその痛みは彼とはぐれるよりもきっとマシだ。
ソラは意を決して大地を思いっきり蹴り、歩くのをやめて走りだした。
一歩二歩。確実にヴォルクとの距離は近くなってくるが、ボロボロの四肢も根をあげてくる。
キャウンッ
足元に出来るだけ気を付けてはいたが、右前脚が小枝を踏んだ。丁度折れてささくれだった部分が傷口に当たってしまい、思わず口から悲鳴が漏れ出る。
「おいっ」
ソラの甲高い悲鳴を耳にし、だいぶ先を歩いていたヴォルクは慌てて方向転換しソラに駆け寄ってきた。
「――お前、怪我してるのか?」
じくじくと痛む右前脚をあげた三本足の格好で立つソラを見、そして彼女が今まで歩いてきた道を見て、思わず彼は顔をしかめる。
ソラが通ってきた道に残されているのは、点々とした赤黒い跡。それは、彼女の足からにじみ出ていた血に他ならない。
「……気がつかなくて悪かった」
ここで休んでろ。今はもう歩かなくていい。と軽くソラの横腹をとん、と鼻で押した。
予想していなかったヴォルクの行動に、それでなくてもバランスの悪い三本足で立っていたソラはぽすっと簡単に横に倒れる。
何すんのよっ。と倒されたソラは思ったが、もしかしてこれはヴォルクなりの「休め」という優しさなのかもしれないと思いなおす。
実際、押されたと言っても本当に軽い力であったし、倒れる場所もちゃんと計算してあったらしく、倒れたソラの体を包むのは森林地帯の大地としては柔らかい類の腐葉土だった。
……休んでろ、と言われたし。
ソラは優しいのか怖いのか、今のところなかなか掴みどころのないヴォルクに言われるまま、傷だらけの足にあまり負担がかからないように姿勢を正す。
それを満足げに見届けたヴォルクは胸にスゥッと息を吸い込んだ。そして、宙に向かって音と共に勢い良く吐き出す。
ウォオオォウオォォオォ……
オオカミの遠吠え。
それは遠く離れた仲間たちやライバルたちに、自分がいる場所を示すものだ。声の大きさや長さ、そしてトーンの高低などによって自分が誰であるかを名乗ったり、情報を交換しあったり、自分の置かれている立場を教えたりと多種多様に使えるオオカミ同士の一番重要とも言えるコミュニケーション手段。
ソラの群れのリーダーであった父は彼女に教えてくれた。遠吠えが大きければ大きいほどそのオオカミの力は強く、影響力があるのだと。それを証明するかのように、彼の遠吠えは群れの誰よりも大きく力強かった。
実際、父親は他の群れのオオカミと比べても決して弱いオオカミではなかった。そこそこの群れの大きさと広大なテリトリーが、近辺に生息する、他のどのオオカミよりも強いオオカミだと示していた。
だが今聞いているヴォルクの遠吠えはどうだ。
まだ彼女の父親よりも確実に若いオオカミのハズなのに、父親同等の、いやそれ以上の大きさと響きを持っているように聞こえる。
低く、大きく、どこまでも通るようなヴォルクの力強い遠吠え。
ウォォオオォオオゥウォ……
ウォオオオォウォゥ……
その遠吠えに答えるように、どこからともなく別の遠吠えが返ってくる。
山や谷に響く木霊ではない。その証拠に、返ってきた遠吠えの高低も様々だし吠えるパターンも違っていた。
「……取りあえずはここで待っていれば大丈夫だ」
その返事を耳にしたヴォルクはソラの傍に寄ってきて腰を下ろした。
「そういえば、お前さんの名前聞いてなかったな。なんて名前だ?」
ヴォルクの綺麗だが鋭い金色の瞳に真正面から見つめられても、ソラは全く怖がりもせずにクスクスと笑って答えた。
「あたしの名前はソラ。青空のソラだよ」
――何故そこで笑う?とヴォルクに問い詰められて、ソラは続けた。
「だって名前聞かれるとは思ってなかったから。ヴォルクはちょっとあたしのこと警戒してたでしょ?
だから名前聞いてもらえて嬉しかったの」
まだ少し血がにじみ出ている足をペロペロと舐めながら、目を細めて笑ったソラにヴォルクは少し居心地悪げに体を縮こまらせた。