the Reath 【3】
異世界動物ファンタジー。人間とか亜人間が全く出てこない、それでもファンタジーと言い切る、思いっきり趣味に走りまくった物語です。
異世界the Reathに迷いこんだオオカミのソラのお話。
pixivでも連載してます(・∀・)♪
ジャ、う゛ぉるく、後ハ頼ンダカラネ!!
空色ノ子モ、マタ会オウネ!
半透明の不思議な生きものはオオカミを連れてくるなり、自分たちの仕事は終わったのだと言わんばかりに、それぞれの鼻をくすぐって去っていく。
そして後残されたのは、ソラともう一頭のオオカミだけだ。
目の前に姿を現したそのオオカミは、ソラの2つ上の兄たちと同じか少し上ぐらいだろうか。
若年期を通り越そうとしている堂々としたその体格から、ソラの毛並みよりも濃い玉鋼色の美しい毛皮の下に引き締まった鋼鉄のように硬い、だがバネのようにしなやかな筋肉を隠しもっているだろうことがうかがえる。
何もかも見通しているような鋭さを持つ瞳の色は、綺麗な琥珀色だ。幼年期を通り越しつつあるのに、未だに赤ん坊のような空色の瞳を持つソラにしてみれば羨ましい、憧れの色。
がっしりとした体に鋭い目つき。ただそこにいるだけで見るものを恐縮させるような、強烈な威圧感がそのオオカミからは感じられる。
ヴォルク、と変な生きものに呼ばれていたそのオオカミは、ぽやーっと彼を眺めるソラを優しげに見つつ、口を開いた。
「大方、ちょっとした冒険心で遊びに出掛けたはいいが迷って、腹空かせて気絶。とでもいうとこか?
俺に見つかって運が良かったな。……ほら」
食え、とソラの前に投げ出されたのは、まだ狩って間もないだろう温かみの残るノウサギだった。
そのノウサギの死体に何故か多少違和感を覚えたものの、実際のところお腹の虫がきゅるる。と空腹を訴えてきているので、「食え」というお言葉に甘えてかぷりと獲物に食らいつく。
毛皮を食い破り、新鮮な血肉に牙が食い込むと、とたんにジワリと生温かいノウサギの血が喉にしたたってくる。その味を舌に感じたとたんに、どれだけ自分がお腹をすかせていたのか、新鮮な肉に餓えていたのか改めて気が付いた。
思えば最後に新鮮な肉を口にしたのはもう何日も前だ。凍てつく白銀の世界で迷う直前に群れの仲間たちとともに腹に詰め込んでいたのは、寒さで命を落としたらしい、凍ったカリブーの死体だった。硬くて冷たくて、決して美味しいとは言えない代物だったが、何も食べずに餓死するよりはマシだから、と岩のように硬い肉を齧ったのだ。しかし、ソラの群れは大きいとはまでいかないが、そこそこのメンバーを有する、中規模の群れだった。その群れ全体の餓えを癒すには、たった一頭の仔カリブーの死体では十分とは言えない。ましてやソラはまだ生まれて一年もたっていない子供で、最低ランクの地位に位置していたため、空腹をほんの少し紛らわせることのできるほどの量しか口にすることが出来なかったのだ。
そのため、差し出された何の変哲もないそのノウサギは、今のソラにとっては今まで食べてきたどんなものよりも美味しいご馳走だ。
ぬくもりの残るやわらかなそれを両足で押さえ、大雑把に肉を食いちぎり、大きな肉塊そのままに飲み込む。食いちぎったそこから流れてくる血すら惜しくって慌てて地面にしみわたる前に舌ですくい上げ、喉をうるおす。どうやらこのノウサギは、殺される直前まで何らかの実を食べていたらしく、胃袋を噛み潰したそのとき、口中に甘くて酸味のある不思議な味が広がった。
その甘酸っぱさにますます食欲をそそられ、再び既に血に染まって赤くなった毛皮にかぶりつく。
プハッ。
「……本当にいい食いっぷりだな。見てて気持ちがいいくらいだ」
あまりに食べることに夢中になっていたからか、ヴォルクと呼ばれるオオカミが吹き出した。
威圧感のある外見に対し、中身は案外気安く親しみやすそうな性格をしているらしい。行き倒れて腹ペコ状態だった、何の関わりもないソラに惜しげもなく、殺したばかりのノウサギ丸まる一羽を提供するくらいだから、外見とは打って変って意外と面倒見のいいオオカミなのだろうか。
「しかしな、もうちょっと落ち着いて食え。
せっかく拾ってやったっていうのに、喉に肉や骨を詰まらせて死ぬ姿なんぞ見たくないぞ、俺は」
明らかに呆れを含んだ口調でそう言われ、ソラは今しがた口に入れた肉の塊を飲み込むと、獲物から顔を放す。口の周りや前足に付いてしまっていたカスや血を綺麗に舐めとって、ようやく一息ついた。
「落ちついて食え」と言われたが、厳しい大自然の中で生きのびるため、ご飯は目の前にあるときに出来るだけ胃の中に詰め込む。特に獲物の少ない冬場はどれだけ食料を口にすることが出来るかで生死が決まるのだ、と両親や群れの仲間たちに口を酸っぱくして教えられていたため、ソラはこのオイシイ機会を見逃すか、と全身全霊で食べることに集中していただけである。
「――でも、食べられるときに食べなきゃ生き延びれないし……!」
例え呆れられたとしても、それは生きるためには必要不可欠なことなのだと自分よりも一回りは軽く大きなオオカミを、ソラは恐れることなく真正面から見つめて吠えた。
――そして鋭く冷たいが琥珀色の綺麗な瞳に見つめられて、少しだけ頭が冷えた。
「……あ、でもこのノウサギありがとう。丁度お腹ぺっこぺこだったの」
このヴォルクという名前らしいオオカミは、右も左もわからないこの場所で自分を見つけてくれ、それだけでなく食料も与えてくれたいわばソラの命の恩狼である。礼儀を重要視して生きるオオカミとしては、とりあえずお礼は言っておかなければならない。
それに対し、ヴォルクという名のオオカミはプクク、とまた笑いを漏らした。
「気にすることないさ。俺にも昔似たようなことがあったんでな」
正直、彼にとって自分がたまたま見つけたチビオオカミの挙動全てが面白くてたまらなかった。
腹が減っているだろうと与えたノウサギに一心不乱で食らいつく。呆れると恐れることもなく、体格の全然違う自分に向って言い返す。かと思えば、コロッと表情を変えて礼を言うときたもんだ。
今までに自分に向ってこんなにも表情を豊かに見せるオオカミとは出会ったことはなかった。自分の生い立ちや体格に恐れをなして、愛想笑いを浮かべて表面上だけ仲良しこよしで付き合うか、反対に思いっきり嫌悪感を現してくるかのどちらかがほとんどだ。
しかし、目の前で再びノウサギに頭を突っ込んで食べ始めた小柄なオオカミは、彼を取り巻く環境を知らないためか、驚くほど素直にヴォルクに接してくる。
「で、お前はどこの子だ?それ食い終わったら群れまで付いていってやろう」
初めて面白いと感じたオオカミと離れるのは少しばかり寂しい気がしないでもないが、ヴォルクの属する風の集団では見たことのないオオカミだ。例え同じオオカミだとしても、違う属性のオオカミとは基本交流を持たないのがこの世界での暗黙の了解である。
大方、猪突猛進っぽい性格からして「炎」だろうか。あるいは、子供時期を脱しても空色の瞳を持っているから「水」のオオカミかもしれない。
……突然ヴォルクにどこの子か、と聞かれても今のソラには答える術がなかった。
何せ雪と氷が支配していた凍てつく世界で眠りに落ち、目を覚ましたら全く見知らぬ場所で、しかも今まで生きてきて一度も見たことがない妙な生きものが空中を舞っているという、ある意味異空間に来てしまっていたのだ。唯一分かるのは自分の名前だけで、ここがどういう世界でどこなのか全く持って見当がつかないという状況である。
そういえば、食べることに夢中でここが一体どういう場所で、先ほどの妙な生きものは一体何なのかを聞くのを忘れていた。
大腿骨に残っていた最後の肉塊を飲み込み、口周りを舐めて綺麗にしたソラは再びヴォルクに向き合い、自分の身に起こった昨日からの出来事を話し始めた。
白銀の支配する世界で群れとはぐれてしまったこと。雪穴を自分で掘って、そこで眠ったはずのこと。
「目が覚めたら突然こんな所にいてビックリしたんだけど、ここはどういうとこ?」
「ここはどこかってそりゃぁお前……」
律儀にヴォルクは答えかけていたが、突然ハッとしたようにソラを見た。
「まさかとは思うが。――迷いし者か?」
何故そのことを思いつかなかったのか、とヴォルクは自分を責めた。突然自分たちのテリトリーに現れた、どの属性かわからないオオカミ。他属性のオオカミが迷ったにしては、テリトリー内に入り込み過ぎているのだ。確かに稀に他属性の一匹オオカミが迷い込むことはあるがそれは境界のすぐ内側に入り込むぐらいで、ここまで中に迷うことはまずあり得ない。
そして、このチビオオカミは「どこの子だ?」という自分の問いに答えようとしていない。
こいつは「迷いし者」だ、間違いない。
確信したヴォルクは後ろに跳躍してソラから距離をとる。
狩る相手の動きが一番観察しやすい距離に。そしていつでも攻撃出来るように態勢を整えた。
「……えっと、ヴォルク、さん……?」
突然ヴォルクに警戒心むきだしにされてしまったソラは、自分の置かれた状況に頭が付いていっていない。
混乱し始めたソラは、思わず半透明の生きものが呼んでいたヴォルクの名を口にした。
とたん、ヴォルクは金色の目を大きく見開いた。まさかソラの口からその名が飛び出るとは思ってもなかったようだ。
「ちょっと待て。お前なんで俺の名を知ってるんだ?俺はお前に名乗ってないはずだが」
ヴォルクは目の前の、急に得体の知れなくなったチビオオカミを訝しげな瞳で観察する。――ソラが少しでも妙な動きをすれば、すぐさま攻撃を与えられるように態勢は崩さずに。
ノウサギをくれた先ほどまでとは全く違うヴォルクの姿勢にかなり戸惑いつつも、ソラは自分は何も悪くないし!!と半ば開き直って口を開いた。
「だって、ヴォルクって変な生きものが呼んでたよ?」
攻撃態勢を維持しつつも、多少戸惑った様子でヴォルクはソラを見つめる。
「――お前、まさか精霊が見えていたのか?」
「……精霊?」
聞き慣れない言葉にオウム返しのようにヴォルクに聞き返す。
そしてヴォルクは気が付いた。ソラはヴォルクに「狙われている」格好なのに、先ほどから全く恐がる様子を見せていないということに。驚きは見せていても、だ。……恐怖心をどこかに置き忘れたのか?とヴォルクが戸惑うくらいに彼を恐がろうとしないのだ。
一方的に警戒している自分の方が馬鹿みたいに見えるではないか。しかもこのチビはどうやら「精霊」が見えているらしいから、普通の迷いし者とは違うのかもしれない、と少しだけ警戒を解く。
「風の精霊。俺をヴォルクと呼んでいた奴らだ」
「……あの、形が掴めない妙な生きもののこと……?」
ソラがそういうと「ああ、それだ。それにしても妙だな……」とヴォルクは呟いた。
ソラはこちらの世界の者ではない。しかし精霊が見えている。――異端者は契約をしていないため、精霊が見えないはずなのに。
ヴォルクはまだ怪訝な顔つきをしていたが「……俺だけでは判断出来ないか」と、くるりと体を反転させてソラに背を向ける。
「……ついてこい」
振り返りざまそうソラに投げかけると、まるでどこかに案内するようにソラの前に立って歩き出した。
……何カ月ぶりですか。という突っ込み話で。