目を覚ますと、そこは見知らぬ世界でした。
※作者=動物マニア。この話には人間一切出ませんのでご注意ください。
クス。クスクス。
マダ起キナイノカナ?
ドコノ子ナンダロウ?
風ノ子、ジャナイヨネ?
ウン。見タコトナイヨ、コンナ綺麗ナ子。
水ノ子カナ?う゛ぉるくが水辺デ見ツケタンデショ?
水ノ近クデ見ツカッタカラ、水ノ子ト決メツケルノハ早インジャナイ?
トリアエズ、コノ子ガ起キタラワカルヨネ。
ウン、ソウダネ。
フワ、フワリ。
なんだろう。
優しくってやわらかい、気持いいものが、まだうつらうつらと夢と現実の狭間を彷徨っているソラのほおをさすった。
顔をくしゅくしゅとなでまわし、まるで起きて、起きてと言っているようだ。
だんだんと夢の世界から、現実の世界へと引き戻される感覚を覚えつつ、気付かれないように気を付けながら、ソラは薄く目を開け、自分にちょっかいを出す何かを見る。
ソラが気が付いたということに気付いていないらしく、ソラの鼻をつんつんつついたり、おでこ周辺をさわさわと撫でたりとやりたい放題の「それ」は、今までに見たことのない、恐ろしく変な生きものだった。
まず、鳥のように宙を舞っているのに、空を舞うための翼がない。クモのように、どこからか見えないくらい細い糸でぶら下がっているのかと思い観察しても、それらしき糸がない。本来の姿というのが全くないのか、くるくると形が変わる。自分を認識し、喋っているから、耳と口は少なくてもあるのだろうが、それらしきものが見つからない。そして極めつけ。その生きものを通して向こうが見える……そう、その生きものの色は「半透明」という、ソラが生まれて初めて見る色だった。
「……!?」
思わずその事実に驚き、多少ぽや~っとしていた頭が完全に覚醒する。
っていうか、ここはどこ!?
突然ガバッと頭をあげたソラに驚いたのか、奇妙な生きものは「ア、起キタヨ!!」「う゛ぉるく呼ンデコヨウ!!」と喜びならがもちりじりに宙を舞って去っていく。
その生きものがどういうものなのか気になったが、今、ソラにとって一番重要なのは自分が置かれている立場を確認することだ。
厳しい大自然の中で、生きるために一番大切なこと。それは「自分の置かれている状況を正確に見極めること」なのだといつか、群れのリーダーである父が言っていたのを、ソラは今でも覚えている。
妙な生きものの出現と退場に多少気を動転させつつも、今自分が置かれている状況を見極めようと、ソラはゆっくりと今までのことを思い出し始める。
……確か、記憶の中の自分はブリザードという悪魔に白銀の冷酷な世界に閉じ込められていた。
冬という、生きていくなかでの試練の一つを試されている最中に群れの仲間とはぐれた。それでも生きるために疲弊しきった体に鞭をあてて雪に穴を掘り、そこで体力を回復させるために、うずくまって眠ったはずだ。
眠る前の、全てを凍て尽くすかのような厳しい寒さや、体を切り裂くかのような容赦のない強風の冷たさは、今でもはっきりと思い出される。うずくまった雪穴の中では寒さも風も多少は和らいだが、体に触れる凍った雪の冷たさは、相変わらずだった。
しかし目を覚ましたソラがうずくまっていた場所は、氷と雪に閉ざされていた世界とは全く正反対の世界だ。
足元には色とりどりの花がひしめき合うように咲き誇っており、真上には雲ひとつない、どこまでも透き通った見事なまでの青空が広がっている。
……もしかして、あたしまだ夢の中なのかな。
それとも、やっぱり雪の穴で死んじゃって、ここは死んだ後に来る世界とか?
もしそうだとすれば、あの妙チクリンな生きものだって説明出来るし、自分の周りを埋め尽くす、まるで春か初夏かのような優しい雰囲気も納得できる。
しかし、大地を覆い尽くすかのように咲き乱れている色んな花から漂ってくる香りは、夢にしては生々しい。凍てつく雪を掘ったために傷ついてしまった前足の疼きも、やけにリアルだ。
第一、死んじゃってるとしたら、傷も治ってそうなもんだよね。
どうやら、自分が今置かれている立場を理解することは、自分一頭だけでは難しいらしい。
誰でも何でもいい。会話の通じる生きものを探して、ここはどこで、自分がどうしてこんなところにいるのか確認しなくては。
そう考え付いて、ふと先ほどの妙な生きものを思い出す。
彼女たちは妙な姿かたちをしていたが、明らかに会話をしていた。笑いながら宙に散って行ったあの生きものに聞けば、少しはここのことがわかるかもしれない。
――そういえば、誰かを呼んでくると言っていたっけ。ということは戻ってくるよね、きっと。
そのように、少し楽天的に考えたソラの心を読んだのかどうか。
う゛ぉるく、早ク早ク!!
綺麗ナ子ダネ。目も空色デトテモ綺麗ダヨ!
先ほどソラの顔に纏わりつき、ちょっかいを出していた変な生きものが帰ってきた。
……全く予想していなかった生きものを連れて。
「よぉ、目が覚めたみたいだな」
そうソラに話しかけてきたのは、まぎれもない、自分と全く同じ生きものである、オオカミだった。