表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

トトと“声のない森”のなぞ

 犬のぬいぐるみ・トトは、においをかぐのが得意でした。

 落とした紙切れも、消えたおてがみも、すぐに見つけられる。

 だからみんなからの信頼はあつく、困ったときはまずトトに声がかかります。


 けれど、そんなトトにも、誰にも言わない悩みがありました。


「……最近、においが“聞こえない”ときがあるんだ」


 トトは感覚が鋭い犬のぬいぐるみ。

 においをかぐというより、“においの気配がわかる”と言ったほうが近い。


 でもここ最近、ときどきその気配が急に消えてしまうのです。


 ある夜のこと。

 ぬいぐるみたちが動ける時間になると、トトはそっと窓の外を見つめていました。


 ひんやりした夜気の中で、淡い霧が庭を包んでいます。

 その霧の奥から――かすかに、呼ぶ声がした気がしました。


「……トト……」


「だれ?」


 トトは耳をぴくりと動かしました。

 声はすぐに消えてしまったけれど、霧の向こうに何かあるような予感がする。


「なにか、まぎれてる……」


 鼻先で空気をすんすんと探ってみても、なぜか“におい”が分からない。


「へんだな……ぼくの鼻、こわれちゃったのかな」


 トトが心細くなっていると、


「トト?」


 モモとハリーが近づいてきました。

 その後ろには、ニコと兄さんもいます。


「どうしたの?」


「顔がいつもより真面目だぞ」


 とニコ。


 トトは少し迷ってから、打ち明けました。


「……最近、においが聞こえないことがあるんだ。さっきも霧の中から何か呼んだ気がしたのに、気配が追えなかった」


「えっ……トトの鼻が?」


「そんな……!」


 ぬいぐるみたちは顔を見合わせました。


「……森みみが出たあとだし、もしかして庭の森のほうで何か起きてるのかも」


 ハリーがぽつりと言いました。


「行ってみよう!」


 とニコ。


「でも無理はしないでね」


 と兄さん。


 トトは小さくうなずきました。


「うん。霧の奥で、だれかが呼んでる気がするんだ」


 五匹はそっと窓をすり抜け、庭に降り立ちました。


 霧は白く、静か。

 足元の草のにおいさえ薄くなっていて、トトの鼻は不安にゆれます。


「こわくない?」


 とモモ。


「ちょっとだけ……でも、みんながいるから大丈夫」とトト。


 古い木の根元に来たとき、ふいに、霧が割れました。


 そこには、小さな木の穴。

 その奥が、いつもより深い闇に沈んでいます。


「あ……声のない森だ」


 ハリーが小さくつぶやきました。


「声のない森?」


「森みみに教えてもらったんだ。森には“音が消えるとき”があって、そのときは森がみんなの声をしまいこむんだって」


 トトは胸がざわっとしました。


「だから、においも気配もわからなかったのかな……?」


 トトが穴に近づこうとしたとき、中からひゅうっと冷たい風が吹きました。


「……トト……」


 また声だ。

 でも、だれの声か分からないほど弱い。


「だれ!? ぼくを呼んでるの?」


 トトが呼びかけると、穴の奥で光がゆらりと揺れました。


 すると、小さな影がひょこっと出てきました。


 木の葉の体をした、ちいさな犬のような精霊。

 耳は葉っぱ、しっぽは枝の先でできています。


「わあ……かわいい……!」


 とモモ。


「森の犬……?」


 とニコ。


「……ぼく、“きこりん”」


 ちいさな犬の精霊は、震える声で名乗りました。


「森のみんなの声が弱くなっちゃって、さがしてたの……森の外で“気配を聞ける”子を……」


 トトの胸がちくんとしました。


「ぼくを呼んでたの?」


「うん……あなたは森の声を聞けるはずだったの。でも、森が“声をしまった”から、気配が消えちゃって……だから、助けを呼びたかったの」


 トトはふいに気づきました。


「じゃあ、においが聞こえなかったのは……ぼくが悪いんじゃなくて、森が静かになってたから?」


「そう……! あなたの鼻は、ぜんぜんこわれてないよっ」


 その言葉に、トトの胸がほどけていくように軽くなりました。


「よかった……!」


 きこりんは申し訳なさそうに耳をしゅんとさせました。


「ごめんね。こわがらせちゃった」


「ううん。呼んでくれてありがとう」


 トトはきこりんの葉っぱの頭をそっとなでました。

 その瞬間、ぽっとあたたかい風が吹いて、霧が少し薄くなりました。


「……森が、返事してる」


 ハリーがつぶやきます。


 きこりんは嬉しそうにしっぽを揺らしました。


「トトの“聞く鼻”が触れたからだよ。森はね……聞いてくれる子が大好きなの」


「聞く鼻……」


 トトはしっぽをふり、ほっと笑いました。


「ねえ、森は元気になる?」


 モモがたずねると、きこりんはこくりとうなずきました。


「うん。声を聞いてくれる友だちができたから」


 きこりんはトトの手を小さく握り、木の穴へ戻りかけて、ふり返りました。


「またよんでもいい……?」


「もちろん。いつでも会いに来るよ」


「やった! ありがと!」


 きこりんはぱちんと葉っぱをはじくように笑い、木の根元の奥へと帰って行きました。


 霧はゆっくり晴れていきます。


「トト、すごいね……森に呼ばれるなんて」


「トト兄ちゃん、かっこいい!」


「うん。トトは“守る鼻”なんだね」


 みんなの言葉に、トトはちょっと照れました。


「ぼく……においをただかいでただけなのに」


「それがすごいのよ」


 とモモ。


「聞くこと、感じること……ハリーが“音”を守るなら、トトは“気配”を守るんだよ」


 兄さんがやさしく言いました。


 トトは胸の奥でゆっくり息を吸いました。

 草のにおい、夜の空気のにおい、みんなのあたたかい気配が、ひとつひとつ戻ってきます。


「……あ、ちゃんと聞こえる」


「うん、戻ったね」


 とハリー。


 トトはにっこり笑いました。


「ぼく、また呼ばれたら……森の声を探しに行くよ。でも、一人じゃいやだ。みんなと一緒がいい」


「もちろんだよ!」


「うん、ぜったい!」


 ぬいぐるみたちの声は、夜の庭にやさしく広がり、古い木は、木の葉をそよがせて答えました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ