ハリーとふしぎな“森の音”
ハリネズミのぬいぐるみ・ハリーは、みんなの話を聞くのが大好きでした。
モモが月の精を助けた話。
ニコとお兄さんのひそやかな絵本の秘密。
どれもハリーの胸をふわっとあたためました。
でも、ハリーにはひとつだけ、自分でもよくわからないことがありました。
夜になると、ときどき耳の奥で「かさっ」という、ちいさな音が聞こえるのです。
「森の中みたいな音だな……」
そうつぶやいても、誰に話せばいいのかよくわからなくて、
ハリーはいつもそっと胸にしまっていました。
ある日の夜のこと。
美桜の部屋の窓がすこしだけ開いていて、月明かりがやわらかく差し込んでいました。
そのとき。
かさ……かさ、さささ……
「き、聞こえた……!」
今までで一番はっきり聞こえる。
ハリーは耳をぴんと立てました。
「どこから……?」
そっと窓辺に近づくと、庭の奥にある古い木の下で、
小さな光がふたつ、ぱちりと瞬きました。
「えっ……だれ?」
光はふわりと浮かび、こっちへ近づいてきます。
それは、木でできた、小さな木の実のような精霊でした。
丸っこい体に、小枝みたいな手足。
頭には緑の葉っぱの帽子。
「こんばんは」
木の実の精霊は、ちいさな声であいさつしました。
「こん……ばんは?」
ハリーは目をぱちぱちしました。
「わたしたち、“森みみ”といいます。森の音を集めたり届けたりする役目なんです。あなたの耳に、音が届いていたでしょう?」
「や、やっぱり……!」
ハリーは胸がどきどきしました。
「でも、どうしてぼくに?」
「あなたは“聞く心”のあるぬいぐるみだから。私たちはね、ただ音を届けるだけじゃなくて……耳を澄ましてくれるひとを探しているのです」
ハリーは少し照れました。
みんなの話が好きなだけなのに、そんなふうに言われるなんて。
「それでね」
もうひとりの森みみが、そっと両手を差し出しました。
手のひらには、小さな木の粒がのっています。
かすかに緑の光がゆらゆら揺れていました。
「これは“森の音の種”。あなたに預けたいのです」
「ぼ、ぼくに!?」
「はい。あなたが持つと、音はもっとやさしく響くはずです」
ハリーはおそるおそる両手を出しました。
森みみは木の粒をハリーの手のひらに乗せました。
その瞬間。
しん……
とても静かな音が、ハリーの胸の奥に降りてきました。
「静けさ」そのものが小さな鈴になって響いたような感覚。
「……あったかい」
「それが森の音です。あなたと、とても相性がいいみたい」
森みみたちはやさしく微笑みました。
「でも、どうしてぼくに? ぼく、ただのぬいぐるみだよ」
「ただ、なんてことありません」
「あなたは“聞くことで守る”ぬいぐるみです」
「守る……?」
「ええ。ぬいぐるみが持つ一番の魔法は、だれかの気持ちをちゃんと聞けること。あなたはその力が少し強いのです」
ハリーは胸に手を当てました。
「……ぼく、そんなすごいのかな」
「すごいよ」
と森みみが言いました。
「あなたは、だれかの声を無理にひっぱりだしたりしない。ただ、そこにある気持ちを静かに受け止める。それは大切な力なんです」
ハリーの胸がじんと熱くなりました。
「ぼくだけじゃ、不安だよ……」
「ひとりじゃありませんよ」
森みみのひとりが、にっこり笑いました。
「あなたの仲間は、みんな優しいでしょう?」
「うん。モモも、トトも、ニコたちも」
「ほら、それで十分です」
風がふわりと吹き、森みみたちの葉っぱの帽子がゆれました。
「そろそろ帰らなければ。森も眠る時間なので」
「ま、待って……!」
ハリーは思わず声を上げました。
「また……会える?」
「もちろん。また音が必要なときは、そっと呼んでください」
森みみたちはふわりと光を散らし、庭の古い木の影へすうっと消えていきました。
ハリーは手のひらの木の種を見つめました。
心臓のすぐそばで、ぽうっと弱い光が灯っています。
「聞くことで……守る……」
その言葉を胸の奥でゆっくり反芻しました。
そのとき、後ろから声がしました。
「ハリー、どうしたの?」
「わっ!」
モモが心配そうに駆け寄ってきました。
その後ろにはニコと兄さん、トトもいます。
「何かあったの? なんか顔がまるいよ!」
「もともと丸いけどな」
とトト。
ハリーは少し迷ってから、手のひらの木の種を見せました。
「……森みみっていう子たちから、もらったんだ。ぼくに、“森の音を守って”って」
みんな驚いた顔をしました。
「ハリー、すごいじゃない!」
とモモ。
「選ばれしハリネズミだ!」
とニコ。
「うん、ハリーらしい」
と兄さん。
ハリーは胸がぽっと熱くなりました。
「ぼく、すごいのかな……」
「すごいよ」
みんなが笑いました。
「ハリーは優しいからね」
ハリーはぎゅっと木の種を抱きしめました。
「みんながいるなら……ぼく、守れる気がするよ」
その夜、ハリーの丸い背中は、いつもより少しだけ頼もしく見えました。




