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ニコのお兄さんと秘密のしっぽ

 黒猫のぬいぐるみ兄弟。

 しっかり者で落ち着いたお兄さんと、元気で少しそそっかしい弟のニコ。


 ぬいぐるみたちの間では、

「ニコのお兄さんはなんでもできて、すごい!」

とよく噂されています。


 けれど――ニコには、ひとつ気になっていることがありました。


「お兄ちゃんって、なんで夜になると急にどこか行くの?」


 ニコが何度聞いても、お兄さんはにっこり笑って、


「ちょっと用事だよ」


としか言わないのです。


 その言い方は優しいのに、どこか寂しそうで。

 ずっとニコは、胸の奥がひっかかっていました。


 そんなある日の夜。

 美桜が寝静まり、ぬいぐるみたちが動ける時間になると、お兄さんはいつものように立ち上がりました。


「ニコ、今日はゆっくり休んでね」


「……うん」


 ニコは返事をしながら、そっと後をつけることにしました。


 お兄さんは静かに廊下を歩き、誰も使っていない小さな“読書スペース”へ入っていきました。


 そこには手の届かない場所に本棚があり、古い絵本や、使われなくなったアルバムが置いてあります。


「お兄ちゃん、なにしてるんだろ……」


 ニコが薄い影に隠れてのぞくと、お兄さんは本棚の前で立ち止まり、ある本をそっと抱えました。


 それは美桜が赤ちゃんだったころの、ちいさな仕掛け絵本。


 お兄さんはその表紙にそっと手を触れます。

 そのとき、


 お兄さんの“しっぽ”が光りました。


「……!」


 ニコは思わず声を出しそうになり、慌てて口を手で押さえました。


 黒猫のお兄さんのしっぽは、夜だけ、ほんのり銀色に光る。

 ニコはそれを知らなかったのです。


 お兄さんは絵本をゆっくり開き、

 ページの間に落ちていた一枚の紙片を見つめました。


「……美桜」


 にこやかな声。それなのに、どこか切なさがにじみます。

 ニコの胸がちくんとしました。

 そのとき、床がぎしっと鳴りました。


「……誰?」


 お兄さんが振り返ります。

 隠れきれなくなったニコは、影の奥から出てきました。


「ご、ごめん……ついてきちゃった」


「ニコ……」


 お兄さんは驚きましたが、叱りませんでした。

 むしろ、どこかほっとしたような顔でした。


「ここ、なにしてるの……?」


 ニコが尋ねると、お兄さんは少し黙ってから、絵本をひらひらと揺らしました。


「これ、美桜がまだ言葉もわからないころ、毎晩読んでもらっていた本なんだ」


「それ……お兄ちゃん、覚えてるの?」


「うん。ぼくはね……美桜にとって“初めてのお気に入り”だったんだよ」


 ニコの目がまんまるになります。


「えっ……!」


「でもね、美桜が成長するにつれて、だんだん棚の奥に置かれるようになった。仕方ないよ。大きくなるって、そういうことだから」


 お兄さんは寂しそうに笑いました。


「ぼくは、ここに来て、昔の声を思い出してたんだ。『ねんねん、くろねこ』って。美桜のちいさな声が聞こえる気がしてね」


 ニコは胸がぎゅっとなりました。


「……お兄ちゃん、ずっとさみしかったの?」


 その言葉に、お兄さんは少し肩をすくめます。


「さみしい、というより……ただ、大事だった時間をしまっておきたいだけ。ぬいぐるみは、美桜の成長を喜ぶものだよ」


 そう言って笑ったけれど、しっぽの光は少し揺れていました。


 ニコは、お兄さんのしっぽにそっと触れました。


「……ねえ、お兄ちゃん」


「ん?」


「ぼく、美桜にいっぱい遊んでもらってる。絵本も読んでもらうし、ベッドにも連れてってくれるし……でもね……」


 ニコはぎゅっと胸を抱えました。


「ぼく、お兄ちゃんのことも大好きだよ」


 お兄さんの目が丸くなり、そしてやわらかく細まりました。


「……ニコ」


「だって、お兄ちゃん、いつもぼくを守ってくれるし、夜こわいときぎゅっとしてくれるし、迷ったときはすぐ探してくれるし……」


 言ってるうちに、ニコのしっぽもぴんと立ちました。


「もし美桜がぼくのこと忘れても……お兄ちゃんが覚えててくれたら、それでいいや」


 お兄さんはニコを抱きしめました。


「ありがとう。ニコのおかげで、ぼくはもうさみしくないよ」


 二匹のしっぽがふわりと触れ合い、お兄さんのしっぽの銀色の光が、ニコの黒い毛にもやさしくしみ込みました。


 そのとき、本棚の奥から、薄い光がひとすじ落ちました。


 絵本のページが一枚、ひとりでに開き、そこに描かれた月がほの白く輝きました。


「……絵本、喜んでるのかな?」


 ニコが言いました。


「そうかもね。大事にしてもらえるの、うれしいんだと思う」


 二匹は並んで絵本を閉じ、そっと元の場所に戻しました。


 帰り道、お兄さんのしっぽはまだ光っていました。

 でも、その色はさびしさではなく、やさしい、ぬくもりの光でした。


「お兄ちゃん」


「ん?」


「またいっしょに来ようね」


「もちろんだよ」


 ニコはしっぽを揺らしながら、夜の廊下を軽やかに歩きました。

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