モモとつきのボタン
その夜、美桜の部屋の窓から、まんまるのお月さまが顔をのぞかせていました。
薄桃色のうさぎのぬいぐるみ・モモは、ふと空を見上げます。
「……あれ?」
いつもはまるいはずの月に、小さな黒い“くぼみ”がありました。
まるで、ボタンがひとつ抜け落ちたみたいに。
モモは首をかしげました。
そのとき、窓のしたを“こんこん”と叩く音がします。
「わっ!」
窓のすき間から、ころんと小さな光の玉が転がり込んできました。
手のひらにも乗りそうな、小さな小さな丸い光。
「い、痛たた……」
よく見ると、光の玉には耳があり、手足があり、ちっちゃな顔があります。
どうやら“月の精”のようでした。
「だ、大丈夫?」
モモがそっと近づくと、精は胸を押さえながらぺこりと頭を下げました。
「わたし……“つきの糸どり”のコロといいます。大事なボタンを落っことしてしまって……困ってるんです……!」
「ボタン?」
モモは窓の外の月を見ました。
たしかに、小さなくぼみがありました。
コロはしゅんとしながら言います。
「月は、夜のあいだにボタンで形をととのえているのですが……ひとつ落ちると、みんな困ってしまって……」
「じゃあ、そのボタンを見つければいいのね!」
モモが言うと、コロはまんまるの目を輝かせました。
「探してくれるんですか……!」
「もちろんよ。おるすばんの時間だけど、困っている子を放っておけないもの」
モモは胸を張りました。
家がしんと静まり、ぬいぐるみたちの“動ける時間”がやってきます。
「コロ、ボタンはどこで落としたの?」
「……ここらへんに落ちたはずなんです」
二匹はそっと部屋を出て、廊下へ向かいました。
月のボタンは光っているはずですが、小さくて、見つけにくいらしいのです。
まずは階段のあたり。
踏むと“ぎゅっ”と音がなる古い段を、一段ずつ確かめていきます。
「ないわね」
「ごめんなさい……」
コロはしょんぼりしてしまいました。
「だいじょうぶ。きっと見つかるわ」
次はリビング。
夜のリビングは月明かりが差し、家具の影が長く伸びています。
モモはソファの下にもぐりこみました。
「ここにもなさそう」
すると背後で、
ころん。
「今の音……!」
二匹は顔を見合わせました。
音がしたのはキッチンの方。
そっと近づくと、小さな金色の粒が床でぴょんぴょん跳ねています。
「あっ! ボタン!」
「いた!」
月のボタンはビー玉ほどの大きさで、淡く金色に光っていました。
けれど……
コロが手を伸ばした瞬間、
すいっ。
ボタンが逃げたのです。
「えぇっ!?」
「ま、待ってくださいー!」
ボタンはまるで命があるみたいに転がり、家具の間をすり抜け、廊下へ出ていきます。
「コロ、つかまえて!」
「が……がんばります!」
二匹は廊下を全力で追いかけました。
ボタンはころころと階段をのぼり、美桜の部屋へと入っていきます。
「なんで部屋に……?」
「月のものは、あかりの強い場所にひかれるんです……!」
部屋には、昨日美桜がつけっぱなしにした小さなナイトライトがあります。
ふんわりした白い灯りに、ボタンは吸い寄せられていたのでした。
「モモさん、どうしましょう……」
「大丈夫。あれを使うわ!」
モモは机の上の“星形のシール”をつまみ、ナイトライトのそばに置きました。
シールは銀色で、わずかに光ります。
ボタンはぴたっと動きを止め、次の瞬間、シールめがけて一直線に転がってきました。
「今よ、コロ!」
「と、取ったー!!」
コロが飛びつき、ボタンをぎゅっと抱えました。
「よかった……!」
ほっとした瞬間、コロの体がやわらかい光に包まれました。
「モモさん、ありがとう……! これで月に帰れます!」
「気をつけて帰ってね」
「はい! また夜に遊びにきます!」
コロが空に向かってぴょんと跳ねると、ボタンがふわりと光を広げ、
二つの光は窓の外へすうっと昇っていきました。
そのあとに浮かんだお月さまは、
まんまるに、ちゃんと形をととのえた姿に戻っていました。
モモは少しだけ胸を張って、にこっと笑いました。
「月って、わたしたちのすぐそばにいるのね……」
その夜、美桜が寝返りをうつと、枕元に小さな丸い光がころんと落ちました。
「……なにこれ?」
美桜が拾いあげると、ほんのり白く光る“うさぎの形”の小さなビーズでした。
コロが置いていった“ありがとう”の贈り物だったのです。
モモは胸をどきどきさせながら、そっとその光を見ていました。




