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いぬのトトとおとやまのラッパ

 美桜の家のリビングで、いぬのぬいぐるみ・トトは、ソファの上で丸くなっていました。

 トトは明るくて面倒見がよく、ぬいぐるみ仲間の人気者。

 けれど、ひとつだけ苦手なことがありました。


 それは、大きな音。


 雷、風のうなり声、そして玄関のドアがバタンと鳴る音。

 どれもトトのしっぽを情けなくしぼませるものでした。


「トト、きょうも元気ないの?」


 黒猫のお兄さんが心配そうに声をかけます。


「べつに……」


 トトはそっぽを向いて答えました。

 本当は“音がこわい”なんて言うのが恥ずかしいのです。


 そのとき、窓の外で「ぴーーっ」と不思議な音がしました。

 でも、こわい音ではありません。風にまぎれたような、やわらかな笛のような音です。


「いまの……なぁに?」


 モモが耳を動かします。

 音はすぐに消えてしまいました。

 けれど、トトは胸の奥がぴくんと反応したのを感じました。

 その音はどこか懐かしく、心をくすぐるような響きをしていたのです。


 家が静かになり、ぬいぐるみたちが動ける時間が来ると、トトはそっと窓の外をのぞきました。


「さっきの音……」


 夕暮れの庭には、花だんの影が長く伸びています。

 しばらく耳を澄ましていると……


 ひゅう……ぴぃい……


 また、あの笛のような音。

 トトは思わず窓の外へ飛び出しました。


「トト!? どこ行くの!」


 モモの声が聞こえましたが、トトは止まりません。


 音は庭の向こうから聞こえています。

 古い物置小屋のあたりへ近づくと、木箱の影で、小さなラッパがころんと転がっていました。


「え……? だれもいないのに……?」


 ラッパはほそい銀色で、小鳥のくちばしみたいに先がとがっています。

 触れようとした瞬間、


 ぴぃいい。


「うわっ!」


 ラッパがひとりでに音を鳴らしました。

 でも、不思議とこわくありません。

 むしろ、トトの胸がふわっと軽くなるような音でした。


 すると、木箱の奥から、小さな影がひょこりと顔を出しました。


「……ぼ、ぼくのラッパ……みつけてくれたの?」


 まるでちいさな雲のような、ふわふわした白いぬいぐるみ。

 丸い体に、小さな手足。

 羊のようだけれど、背中にはちょっとだけ羽のような毛がついています。


「君の……?」


「うん。“おとやま”から落っこちちゃって……拾ってくれてありがとう」


「おとやま?」


 トトは首をかしげました。


「ぼくらの国にある“音のお山”だよ。ここからじゃ、風の道に乗らないと帰れないんだ……」


 羊のぬいぐるみはしょんぼりします。


「でも、ラッパがないと風を呼べなくて……帰れなくて……」


 トトは胸がきゅっとなりました。

 この子はずっと帰れなくて困っていたのです。


「じゃあ、一緒に帰り道を探そう!」


 気がつけば、トトはそう口にしていました。


「え……でも、こわくないの?」


 羊のぬいぐるみは不安そうです。

 トトはぐっとしっぽを持ち上げました。


「ぼく、音はにがてだけど……君のラッパの音は、こわくないよ」


 羊はぱっと笑顔になりました。


「ありがとう!」


 二匹は庭の奥、風の通り道を探して歩き出します。

 草の上をゆっくり歩くと、ひんやりした風がふわりと流れてきました。


「ここだ!」


 羊のぬいぐるみが指さしました。

 木の枝がぐにゃりと曲がり、葉っぱが渦を作る不思議な場所。

 風が細い道みたいに流れていくのがわかります。


「ラッパを吹くね」


 羊が小さなラッパを口に当てると、


 ぴぃぃぃぃぃ……


 優しくて、胸があたたかくなる音が響きました。

 風がくるくると巻き上がり、小さな渦が二人を包みます。


「トトも一緒においでよ!」


 羊が手を差し出します。


「えっ、ぼくも!?」


「もちろん!」


 トトは迷いました。

 風の道は心細く、音もずっと鳴り続けています。

 けれど、羊のぬいぐるみの手はあたたかくて、ラッパの音はやさしくて。


「……うん!」


 トトは手をとり、風の渦の中へ飛び込みました。

 ふわり。

 体が軽くなり、庭が小さく遠ざかります。


「うわあ……!」


 怖いはずの音が、なぜか楽しく聞こえる。

 風のすべり台をのぼるように、二匹は空へと運ばれていきました。


 短い旅のあと、光の向こうに小さな丘があらわれます。

 丘の上には、音符の形をした花々がゆらゆら風に揺れていました。


「ここが……おとやま?」


「うん! ありがとう、トト!」


 羊のぬいぐるみが嬉しそうに跳ねます。


「ぼく、もう怖がらなくていいね。音って……たのしいんだね」


 トトはしっぽをふりながら言いました。


 羊はトトの手をぎゅっと握り、やわらかく光りました。


「また遊びにきてね!」


 風がふわりと吹き、トトの体をやさしく押しました。

 気がつくと、庭の外れに戻ってきていました。


 モモやハリーが駆け寄ってきます。


「トト、大丈夫だった?」


「どこ行ってたの?」


 トトは照れくさそうに笑いました。


「ちょっと……音のぼうけん!」


 トトのしっぽはぴんと立ち、もう震えてはいませんでした。

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