モモとまいごのくろねこ
薄桃色のうさぎのぬいぐるみ、モモは、美桜の部屋の窓ぎわにちょこんと座っていました。
やわらかな朝の光が、モモの耳やおなかの毛をふんわり照らします。
右目の片方が少し欠けていても、美桜は「いちばんかわいいよ」と言ってくれる。
そのたびに、モモの胸はあたたかくなるのでした。
「モモ、今日もおるすばんお願いね!」
元気な声とともに、美桜はランドセルを背負い、ぱたぱたと部屋を出ていきます。
モモは返事をしません。
けれど……
美桜が戸を閉め、家がしんと静かになると、ぬいぐるみたちの“ひみつの時間”がやってきます。
持ち主が見ていないあいだだけ、少しだけ動けるのです。
モモはゆっくりと首をかしげ、部屋を見回しました。
色鉛筆が広がった机、小さな植木鉢、昨日読んでもらった絵本。
どれも大好きな風景です。
ところが、その静けさの中に、ちいさな音がまぎれていました。
カサ……カサカサ……
モモは耳をぴんと立てました。
本棚の下から聞こえる音です。そこは薄暗く、ほこりっぽくて、ぬいぐるみたちにとって少しこわい場所。
けれどおるすばんの最中にふしぎな音を放ってはおけません。
モモはそろそろと足を運びました。
「……だれか、いるの?」
声をかけると、暗がりの奥で黒い丸い影が震えました。
モモより小柄で、まんまるの目がふたつきらり。
「た、たすけて……ぼく、帰れなくなっちゃったの」
影は、黒猫のぬいぐるみでした。
小さな体をふるわせ、しっぽをぎゅっと抱えています。
「ここ、美桜ちゃんのお部屋よ。あなたのおうちはどこ?」
「……一階のリビング。ソファの上。夜のうちに落っこちて、気がついたらここに……こわくて動けなくて……」
黒猫のか細い声に、モモは胸がきゅっとしました。
「大丈夫。わたしがいっしょに帰してあげる」
「で、でも……ひとに見られたら……」
「今はだれもいないもの。こわくないよ」
モモは黒猫の前にちょこんと座り、そっと手をさし出しました。
黒猫はためらいがちにその手を取ります。とても冷たく震えていました。
二匹は静かに部屋を出て、廊下を歩き、階段を一段ずつおりていきました。
ぬいぐるみの足音は羽のように軽く、どこにも聞こえません。
一階のリビングは、朝の光でぽかぽかしていました。
ソファの上には、犬のぬいぐるみや、ハリネズミのぬいぐるみ。
そして、黒猫とそっくりなもう一匹の猫がいます。
「……た、ただいま」
黒猫がつぶやくと、そっくりな猫がぱっと目をひらきました。
「ずっと探してたよ! どこに行ってたんだい!」
黒猫はしっぽを細かくふるわせながら、モモをちらりと見ました。
「この子が、助けてくれたの」
犬のぬいぐるみが、やさしい声で言いました。
「ありがとう、モモちゃん。君はとても勇気のある子だね」
モモは恥ずかしくなって耳をぺたんとしました。
「わたし……おるすばんのお仕事をしただけです」
その言葉に、ぬいぐるみたちはいっせいにうなずきました。
小さな黒猫は「ありがとう」を何度も何度もくり返しました。
外から、子どもたちの下校の声が聞こえてきます。
モモは耳を立てました。
「そろそろ戻らなくちゃ」
「送るよ」
と黒猫のお兄さんが言いました。
「だいじょうぶ。一人で帰れるから」
モモはにっこりと耳を揺らし、リビングを出て、階段をのぼって美桜の部屋に帰りました。
いつもの場所に座ると、まもなく玄関のドアがひらきます。
「ただいまー! モモ、いい子にしてた?」
美桜が駆け寄り、モモをぎゅっと抱きしめました。
モモは動かずに、ただそこにいるだけ。
だけど胸の奥では、今日の小さな冒険が、ほのかにきらきら光っているのでした。




