5. 冬のエール
冬休み前最後の部活が終わり「お疲れ様ー!」と声が聞こえる。体育館から出るとすっかり冬の冷え込みを感じるようになった。校門前には奈々ちゃんと……稲葉が歩いている。
また来たのか、稲葉は。
奈々ちゃんのことは信じているけど、嫌なことには変わりない。かと言って、僕が行っても余計に気まずくなるだろうか。
そう思っていたら奈々ちゃんが気づいて「はるくん!」と声をかけてくれた。
「2人は本当に仲がいいね」
稲葉が唐突に言う。当たり前だ、僕と奈々ちゃんは中学の時から一緒で気も合うし、大事に思ってるんだから。
「はるくんは優しいんです。あ、そうだ。稲葉さんは、奥さんとどうやって知り合ったのですか?」
え? 稲葉に奥さん……いるのか?
「妻とは美大生時代に出会って意気投合したんだ」
「そうなんですね、素敵です」
「この年末年始は日本に帰ってくるから」
稲葉の奥さんは海外のデザイン会社に勤めていて、別々に住んでいるそうだ。というか、奥さんいたなら先に知りたかった……こっちは奈々ちゃんを取られないか、ずっとヒヤヒヤしてたんだから。
「稲葉さんは寂しくないんですか?」
「まぁ最初は寂しい時もあったけど、海外のデザイン会社勤務は彼女の夢でもあったからね。立派で誇りに思うよ」
稲葉って奥さんのこと、信じているんだろうな……夫婦になればますます信頼関係が大切になりそう。
僕も奈々ちゃんのやりたいこと、絵を描くことを応援したい。奈々ちゃんがいつもエールを送ってくれるように、僕だって彼女の力になりたい。
「じゃあまたね。奈々美さん、竹宮君」
「ありがとうございました」
稲葉と別れて、僕たちはオレンジ色に染まる夕日を見ながら歩いてゆく。
「あのさ、奈々ちゃん」
「なに?」
「……僕も奈々ちゃんのこと、応援してるから」
「はるくん……」
奈々ちゃんが僕と腕を組んでくっついてきたので、鼓動が速くなってきた。
「はるくんがいるとね、心があったかくなってもっと頑張れるの。だから……いつもありがとう」
そんなことを言われるとますます嬉しくなる。
「僕も奈々ちゃんがいると、パワーがみなぎってくる」
「本当?」
「本当だって……ハハ」
※※※
冬休みに入り、クリスマスに僕たちは駅前の公園で待ち合わせた。奈々ちゃんが大きめの紙袋を持っている。
「奈々ちゃん、それって……」
「あ……これは……はるくんに」
そう言って奈々ちゃんから受け取った紙袋の中身を見ると、一枚の画用紙が入っていた。取り出すと、そこには卓球の全国大会の賞状を持ち、笑顔になっている僕の絵が描かれている。
すごい……僕に似ている……。
多くの試合をやり切って、達成感のある様子が丁寧に表現されている。あの時の感動を思い出して、僕はまた胸が熱くなった。
「奈々ちゃんいつの間に……ありがとう。嬉しい」
「私、はるくんの大会の絵を描きたくなって……きっと全国大会でも勝ち上がるって思ってたから。もっと人物画うまくなりたくて、稲葉さんに教えてもらってたの」
そうだったんだ。奈々ちゃんは僕のために……。
「もうこれ、家宝にする」
「ちょっとはるくんたら……」
あの稲葉も、奈々ちゃんにとってはいい“先輩”だったんだ。ここまでの作品ができるように指導してくれたのだから。
僕が絵を大切にしまうと、奈々ちゃんがつぶやいた。
「稲葉さんってさ、ちょっとキザなんだよ」
「え?」
「けど多分無意識なんだと思う。本物のアーティストって感じ。海外にもいたからああいう感じなのかな。うちの部員もみんなそう言ってる」
そうだったのか。
てっきりあの甘い雰囲気は、奈々ちゃんを狙っているのかと思った。
「じゃあ奈々ちゃんは……あの稲葉さんのこと、何とも思ってないの?」
「うん。最初は距離が近くてびっくりしたし、慣れなくて照れちゃう時もあったけど、みんなにそうだったから。あとね……」
そう言って彼女は僕の上着の袖を掴む。
「はるくんと一緒にいる方が……ドキドキしちゃう」
か……可愛い。
僕は顔が熱くなってきてしまった。
思わず彼女を抱き寄せる。
「僕だって……奈々ちゃんが可愛いくて、ドキドキしてる」
「……そうなんだ」
「だからさ……してもいい?」
「うん……」
僕は奈々ちゃんと唇を重ねる。外は寒いのに身も心もあたたかくなる。一度だけじゃ足りなくて、気づけば何度もキスを交わしていた。
すると頬に冷たい何かが触れる。
閉じていた目を開くと、僕たちの周りには雪がちらついていた。
「はるくん……初雪」
「ほんとだ」
「綺麗……」
2人で見る雪は一粒一粒が光っているように見えて、美しい。今日は特別な一日になりそうだ。
「奈々ちゃん、メリークリスマス」
「メリークリスマス、はるくん」
雪に包まれたこの瞬間を、ずっと忘れない。
僕たちの物語は、これからもっと輝いていく気がした。
終わり




