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3. 信頼

「久しぶりだな、竹宮君」


「松永先生……」


 松永は中3の時の副担だった。ぬっとした大きな身体で顔が怖いけど、僕や奈々ちゃんをずっと見守ってくれた先生。こんなところで会えるなんて。


 だけど今は顔を見せたくない。

 僕がうつむいていると松永は「ちょっと休憩するか」と言って近くの公園のベンチまで連れて行ってくれた。


「ほら、これでも飲んで落ち着くんだ」

 松永は自販機で温かいお茶のペットボトルを買って来てくれた。


「ありがとう……ございます」

「高校生活はどうだ?」

「……卓球は12月に全国大会を控えてまして」

「すごいじゃないか」


 気のせいだろうか。松永は前よりも穏やかになった気がする。僕の話……聞いてもらおうかな。

 松永がくれたお茶の温かさが、僕の心を解きほぐしてくれるように感じた。

 

「先生、あの……実は友だちと喧嘩してしまったんです」

「そうだったのか」

「その……美術部の子なんですが、妙にOBの人と仲良くてモヤモヤするというか」

「そうか」


 “彼女”というのはまだ恥ずかしいので、“友だち”って言ったけど、この感じだと好きな子の話をしているのがバレバレかも。

「どうしても……納得できなくて」


 松永は全てわかったような顔をしている。それなら――


「先生は、大切な人が別の男性と仲良くしていたらどうしますか?」


 僕は思い切って尋ねてみた。

 すると松永は缶コーヒーを飲んで、うーんと考えてからこう言った。

 

「俺はまずは、相手を信じる」

「信じる……?」

「そうだ。大切な関係ってのは結局、揺るがない土台の上にしか立たないものだ」


 僕は奈々ちゃんを信じ切れていなかったのか。

 そう思うと途端に自分が情けなくなる。


「その子はきっと君のことを大事に思っているはずだ。竹宮君はどうだ?」

「あ……」

 そうだ。僕は自分の思いばかりが大きくなって、彼女のことを考えていなかったかもしれない。


「だが、なかなか難しいよな。好きだからこそ不安になるというのはよく分かる。そういう時は相手を縛る言葉ではなく、自分の気持ちを伝えるんだ」

「そうか……僕は不安だったんだ。あの子が僕以外の人に……」


 奈々ちゃんだって、絵がもっと上手くなりたいだけだったかもしれないのに。そのことを考えずに僕はあんなことを言ってしまって……どうしよう。


 僕ががっくりとうなだれていると、松永はフフっと笑う。

「大切なことは、早めに言った方がいいぞ?」


 その言葉をまた言われるなんて。というか友だちって言ったのに、いつのまにか恋愛相談みたいになってるような……松永に気づかれた? 何でわかるんだろう。


「ありがとうございます、先生。だけどその……“友だち”ですので。“彼女”じゃないですよ?」

「フフフ……」

 こう言っても松永は全てお見通しなんだろうな。


「もう大丈夫そうだな」

「はい、先生ありがとうございます」

「じゃあな。仲良くするんだぞ」


 そう言って松永は立ち上がり、去っていった。

 また……背中を押してもらったな。

 ひんやりとした空気さえも、背中を優しく撫でてくれるような気がした。


 いつか僕も大人の男性になったら落ち着くのだろうか。



 その時――僕を呼ぶ声が聞こえた。

 

「はるくん!」


「奈々ちゃん?」


 奈々ちゃんが息を切らして走って来た。まさかこの寒い中ずっと僕を探してくれたのか……?


「あ……奈々ちゃん、さっきはごめん」

 彼女が僕の隣に座ってくれる。


「はるくん……私……嫌われちゃったのかと思った」

「そんなことない。僕がわかってなかっただけだ」

 僕は、奈々ちゃんの少し冷たくなった手を包むように握った。


「私ね、ちょっと寂しかったの。はるくんが全国大会に出るって聞いてずっと練習してて……応援したいのにどこか寂しくて。まるで別世界の人みたいで遠く感じてた」


 奈々ちゃんもそう思ってたのか。僕がアトリエで彼女のことを遠く感じたのと似ている。


「はるくんを見ていたら私も頑張りたくなって……もっと綺麗に人物画を描けるようになりたかったの。それで今回稲葉さんに出会って」


 彼女なりに上達したい気持ちがあったのに、僕はそれに気づかず自分のことばかりだったんだ。僕だって卓球を頑張りたい気持ちは一緒なのだから、奈々ちゃんのことをもっと信じなければいけなかった。


「そうだったんだ。僕も今日さ、奈々ちゃんと稲葉さんが親しそうに喋ってるのを見てちょっと疎外感があって。奈々ちゃんは一生懸命なのに嫉妬しちゃって……本当にごめん」

「はるくん……」

「だけどさ、OBとはいえ男性の家にひとりで行くのは危ないと思うんだ」

「うん、それはそうだよね」


 奈々ちゃんが僕の肩に頭を預けてきた。ドクンと心臓の音が聞こえる。肩に心地よいぬくもりが伝わり、冷たい風が吹いているのに不思議と温かかった。

 

 僕はそっと息を吸う。

 大切な人を守るって、こういう気持ちなんだろう。

 寒空の下でも、ふたりの距離だけはぐんと近くなっていた。




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