1. 秋の風とともに
高校2年生の11月――
僕、竹宮晴翔は今日も卓球部でラケットを握りしめ、練習に打ち込んでいる。もうすぐ高校卓球の全国大会があり、そこに向けて毎日特訓だ。
5月の地方大会、9月の県大会を突破し、今年は全国大会への切符を手に入れた。12月の本番に向けてあと1ヵ月弱……もっと上に行きたくて特訓の日々が続く。
今日も無事に部活が終わり、体育館を出ると教室棟から出てくるのは――彼女だ。僕が手を振ると彼女は笑顔を見せてくれた。
「奈々ちゃん、お疲れ」
「お疲れ様、はるくん」
僕をはるくんと呼んでくれるこの可愛い彼女は、梅野奈々美――奈々ちゃんだ。同じ中学校出身で高校生の時から付き合っている。彼女は絵が上手で美術部に入っている。大体部活が終わる時間が5時ぐらいなので、タイミングが合えば一緒に帰ることが多い。
「はるくん、最近ずっと練習してて疲れない?」
「まぁ慣れたかな」
「土日も練習って大変?」
「日曜日は早く終わるからそこまでは」
全国大会があるので、秋以降はなかなか奈々ちゃんとゆっくり過ごせない。でも、こうやって一緒に帰れる時は話ができるしチャットや通話もしているので、そこまで寂しくはなかった。
だけどそう思っているのは――自分だけだったなんて。
この時の僕はまだ気づいていなかった。
「はるくんが頑張ってるから、私も頑張りたいな」
「奈々ちゃんは十分絵がうまく描けているよ」
「そうかな……」
「そうそう」
僕は彼女の描く作品を気に入っている。
人と人の繋がりを表現した絵や、夢・希望のある絵……奈々ちゃんの優しさが伝わってくるんだ。
「僕は奈々ちゃんの描く絵が好きだよ」
「あ……ありがとう」
心からそう思っていたし、奈々ちゃんを褒めたかった。
だけど彼女が本当に思っていることは――
※※※
それから1週間経ったある日のことだった。
「お疲れ様でした!」
今日も卓球部の練習を終えて体育館を出ると、教室棟から奈々ちゃんが……。
――と思ったら、彼女の隣に見知らぬ男性がいる。
ゆるいパーマが似合ってお洒落なジャケットを着た紳士的な人。学校の先生とかではない。一体誰なんだ……!?
しかもさっきから奈々ちゃんと妙に距離が近くないか?
彼女はその男性の方を見て一生懸命何かを喋っている。そして男性はうんうんと相槌を打ってにこやかに話す。
僕とは違う……大人の男性。
その落ち着いて頼りになる雰囲気に、奈々ちゃんはどこかうっとりとしているような……。
これは……行くべきか?
だけど何故だろう。
自分が邪魔だったらどうしようって考えてしまう。
そのぐらい彼女はリラックスして話せている気がする。
夕焼けが見えて少し風が冷たい今日この頃。
この胸のざわめきは、木枯らしのせいだけではない。
嫌な予感しかしない。
僕はリュックを背負って彼女の元へ走る。
すぐ近くにいるはずなのに、とてつもなく遠く感じるのはどうしてなのか。
校門前で僕は2人に追いついた。
「奈々ちゃんっ……!」
「……はるくん!?」
驚く彼女とその男性。
先ほどまでの秋風が止んだかのように、静まり返る。
「あの……その人は……?」
思ったよりも声が出ない。
すると奈々ちゃんとその男性が顔を見合わせた。
だから何でそこで見つめ合ってるんだよ……。
「あ……はるくん、この方は美術部OBの稲葉義秀さん。今日部活に来てくれて色々教わったの。コンクールで入賞したこともあるすごい人でね、自宅にアトリエもあるんだよ」
「はじめまして、稲葉です。奈々美さん……彼は?」
OBか……しかもコンクール入賞だと?
そして今はっきり言ったよな……奈々美さんって。
普通そこって苗字で呼ぶものでは……?
僕はその稲葉という男をじっと睨んでしまう。
彼はこんな僕を見ても穏やかそうだ。
「稲葉さん、彼は竹宮晴翔くん。彼氏です……」
「そうだったのか。よろしくね」
――よろしくって何なんだよ。
こっちは大事な彼女に馴れ馴れしくされて、気分悪いんだけど。
「あのね、はるくん。えっと……その……私、人物画をもっと上手くなりたくて……今日稲葉さんに教えてもらったの。それで……今度の土曜日に稲葉さんのアトリエで、特別に指導してもらえることになったんだ」
「え……!?」
「奈々美さんはセンスがいいからもっと伸びると思うよ。週末は時間があるからじっくり……教えてあげられるね」
稲葉はそう言って奈々ちゃんを見つめて……というか何だ、その甘い見つめ方は? おかしいだろう? OBがそこまで後輩の面倒を見るものなのか?
彼の奈々ちゃんへの視線は、指導者の目線というより、まるで特別な存在を見るような……僕にはそう見えて仕方なかった。
「あ、はるくん……稲葉さんはね、私が悩んでいたから……相談に乗ってくれているだけだから」
奈々ちゃんはそう言うけど、僕は心配なんだよ。
君は自分がどれだけ魅力的なのか……わかってないのだから。
こうなったら――僕は思い切って言う。
「そのアトリエ、奈々ちゃんと一緒に僕も行かせてください……彼氏ですから」




