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プロローグ

 兄は、僕をかばって死んだ。


 この文は、いちど書いて、破棄して、もういちど書いた。


 正しい言い方がほかにあるのかもしれない。でも、これ以外の言い方を僕は知らない。


 雨のにおい。ブレーキの音。光が僕に向かってくる。


 兄の背中。広がる腕。僕の足は、地面に釘みたいに打ちつけられて動かなかった。


「見ろ。忘れるな」


 兄の声が、今も聞こえる。


 耳からじゃない。頭の奥、もっと暗いところ。


 そこから兄は出てきて、僕に命令する。


「記録しろ。泣くのは、後でいい」


 だから僕は書く。


 書かないと、兄が薄くなる。


 兄が薄くなると、僕は僕でいられなくなる。

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