懐かしい味
昼どきの《風の匙亭》は、今日もにぎやかだった。
吹き抜けの天井に響く笑い声。
焼き立てのパンの匂い、スパイスと肉の焼ける香ばしい香りと音。
すべてが空腹を刺激してくる。
— —
旅人や冒険者でごった返す広いホールの奥。
「へぇ……ここが“ギルド本部”の有名なレストラン《風の匙亭》ってとこか」
ヒロはカウンターの隅に腰を下ろし、あちこちを興味津々で見回した。
大陸に来て初めての街、そして初めてのギルド。
冒険者、魔法使い、鍛冶師――。
いろんな種族や職種の人々が、同じテーブルを囲んで笑っている。
“飯のうまさ”に、種も身分も関係ない。
なるほど、じいさんが言ってた通りだ。
香ばしい匂いが空腹の胃を刺激する。
「本日のランチ、“タンカ魔獣肉の炙りステーキ定食”です!」
後ろの客のテーブルに、熱々の鉄板が置かれた。
じゅうじゅうと音を立てる。
香草バターがとろけて、肉汁が皿の縁を伝っていく。
「……絶対うまいやつじゃん」
迷う間もなく、手を挙げた。
「すみません! あれと同じのひとつ!」
「はーい!」と明るい声が返る。
すぐに香りが漂ってくる。
鉄板の上でジュワッと音を立てる肉。
香草の風が鼻をくすぐった。
「おまたせしました! 本日のランチ、“タンカ魔獣肉の炙りステーキ定食”です!」
「うまそー!」
長旅の疲れもあって、ヒロはステーキを頬張った。
「……うまっ……!」
口に入れた瞬間、言葉が零れた。
肉の旨味、香草バターの香り、そしてどこか“懐かしい温かさ”が舌に広がる。
その声に、厨房の中で彼女の手がぴたりと止まった。
木べらを握る指先が、わずかに震えている。
そしてゆっくりと顔を上げた。
ヒロもふと、湯気の向こうに見えた彼女に目が行った。
結んだ茶髪、淡いエプロン。
その瞳を見た瞬間、時間が止まった。
二人の視線がぶつかる。
(あれ……この感じ……夢の中の、あの人と同じだ)
ヒロも思わず手を止めた。
見たことある雰囲気だな。
数秒間、ふたりとも声を出さなかった。
湯気の向こうで、時間だけが静かに流れていく。
その沈黙を破ったのは、カウンターの端から聞こえたノエルの声だった。
「ひより、追加の注文ー! 森茸グリル、三つ!」
「……は、はいっ!」
慌てて鍋に向き直るひより。
ヒロは思わず苦笑して、もう一口、ステーキを頬張った。
ステーキを食べ終わり、ゆっくりとスープに手を伸ばす。
透明な琥珀色の液体。
茸と根菜の香りが、ふわりと鼻を抜けていく。
一口すすった瞬間――
体の奥で、なにかがざわめいた。
(……この味……どこかで、食ったことがある)
舌の上に残る、やさしい旨味。
あのじいさんのスープとは違う。
けど、不思議と似ていた。
飲み込むたびに、体の芯が静かに温まっていく。
(……初めてなのに、懐かしいみたいだ)
スープ皿を置いた瞬間――思わず、声が漏れた。
「……うまいな」
その声に、ひよりがまたちらりと顔を上げた。
目が合って、また逸らして、今度はほんの少しだけ笑った。
ヒロはおもわず、
「おいしいです!」
ニカッと笑いながら、ひよりに一言声をかけた。
その笑顔に、ひよりの心臓がひとつだけ強く跳ねた。
彼女は驚いたように瞬きをして、すぐに微笑んだ。
まるで、遠い昔に見た夢の中の笑顔みたいに。
ヒロの胸の中で、懐かしい気持ちが静かに灯った。
気づけば、皿は空っぽになっていた。
外の風が吹き抜け、店の扉の鈴が小さく鳴る。
懐かしさと、胸の奥がじんわり温かくなった。
それが何なのか、まだわからない。
でもヒロは、確信していた。
――また、明日もここに来よう。
✦To be continued✦




