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異世界まで来て、飯食ってるだけなんだが〜スキルはあるけど、自由に飯食ってるだけ〜  作者: 咲村 えん
第2章 あたしの料理で、誰かが笑ってくれるなら
7/9

スープの夜に、ひらく記憶




店じまいの終わった厨房には、余熱の残る空気と、かすかに香るハーブの匂いが漂っていた。



火は消え、カウンターには洗いたての鍋が伏せられている。



ノエルさんも、おばあちゃんのトワさんも、今はそれぞれの作業を終えて、テーブルに座っていた。



ひと仕事終えたあとの、あの静けさが、あたしは好きだ。



喧騒が落ち着いて、ようやく自分の鼓動が聞こえるような気がする。


 


「今日はおつかれさん。ほんと助かったよ、ひより」



「ううん、大丈夫。昼の団体さんも、なんだかんだ楽しそうに食べてくれてたし」



「ふふっ、あの見回り隊は、がっつり食べたあとはすぐ眠くなるからね。あれで街の平和を守ってるって言うんだから、なんだかかわいいもんさ」


ノエルさんが笑って、あたしもつられて笑った。


 


そのとき、トワさんが、ふと思い出したように言った。


 


「……そういえば、ひより。おまえが倒れてたあの森の奥……あそこにね、昔“神殿”があったって、知ってるかい?」


 


「神殿……?」


 


「今はもう跡形もないけどさ。わたしが子どものころ、あの場所にはちっちゃな祠があってね、

よくおばあちゃんから話を聞いたもんだよ。“作り手”が昔、あの森でスープを煮てたって」


 


“作り手”。


どこかで聞いたことのある、その言葉が、胸の奥でふるえた。


 


「……それって、どういう意味なの?」


 


「うちの家系にね、ずっと語り継がれてきた伝承があるんだよ。

“世界の乱れは、食から整えよ”って。で、その教えを最初に唱えたのが、“最初の作り手”だったって言われててね」



トワさんはそう言って、古びた木の小箱から、小さな紙片を取り出した。



紙には、薄く、けれど美しい文字でこう書かれていた。



『たったひと匙のスープで、命はめぐる。

温もりは、心をほどき、世界をやさしくする。』


 


「……なんか、詩みたい」


 


「うん。これね、わたしのおばあちゃんが、子どもの頃に覚えたって言ってたの。

そのおばあちゃんが“作り手”と出会って、一緒に料理をしてたって話でね。

わたしも、夜な夜なその話を聞かせてもらったもんさ」


 


トワさんの瞳が、ほんの少し遠くを見るように細められる。


あたしはというと、胸の奥がじんわりと温かくなっていくのを感じていた。


 


「もしかして……あたしが倒れてた場所って、」


 


「そう。ちょうど、その祠があったって場所さ。偶然にしちゃ、できすぎてるよねぇ」


 


そう言って、トワさんは穏やかに笑った。


 


──偶然じゃない気がする。


そう思った。


 


焦がし根菜のスープが香るとき、思い出す誰かの笑顔。


子どもの頃、夢で見た“あの人”の背中。

火のそばにしゃがんで、スプーンを口に運ぶ姿。


 


(……なんでだろ。あの人、笑ってた。すごく、おいしそうに)


 


それは記憶じゃない。

でも、記憶に限りなく近い、温度と香りのある“なにか”。


 


「ひより」


 


トワさんの声で、思考が現実に戻る。


 


「おまえの料理には、ふしぎと人をほどく力がある。

たぶんそれは、昔“作り手”がそうだったように、心から“食”を大事に思ってるからなんだと思うよ」


 


「……あたし、まだ自分のこと、何も思い出せないけど。

それでも、“美味しい”って言ってもらえると、なんか、ちゃんとここにいていい気がするんだ」


 


「うん、それでいいんだよ」


 


湯気の立たない夜の厨房に、あたしはもう一度、火を灯す。


今夜は、ひと鍋だけ仕込みをして帰ろう。


明日もまた、誰かの心をほどくために。


 


ひよりは、棚の奥からスパイス瓶をひとつ取り出し、香りを確かめる。


(この匂い……やっぱり、どこか懐かしい)


 


そうして、今日もまた、スープの香りが、記憶を運びはじめる。


 


✦To be continued✦

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