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異世界まで来て、飯食ってるだけなんだが〜スキルはあるけど、自由に飯食ってるだけ〜  作者: 咲村 えん
第2章 あたしの料理で、誰かが笑ってくれるなら
6/7

スープの香りは、記憶を運ぶ



あたしは、今日もここで、包丁を握ってる。


焦がし根菜のスープを、丁寧に煮込む。


“いつかまた、あの人と出会える日まで。”



そう心に刻んでから、もう何日が過ぎたんだろう。





……でも、あの人って、誰だったんだっけ?



ぼんやりと、温かい笑顔だけが心に残っている。






厨房には、今日も朝から野菜の匂いとスパイスの香りが立ちのぼる。



朝一番の仕込みは、《白芋》と《クミ根菜》を細かく刻んで、低温のオイルでじっくり火を通すところから。



焦がしすぎると苦味が立つし、浅いと甘味が引き出せない。



火加減を調整しながら、タイミングを見極めて木べらでかき混ぜる。



「ひより、朝の注文表、置いとくよ〜」


そう声をかけてくれるのは、ノエルさん。



このギルドで一番頼りになる中年の料理人で、おばあちゃんの娘さん。



「ありがとー!今日は、昼に団体さん来るんだっけ?」


「そうそう。森の見回り隊の連中よ。がっつり食べるから多めに仕込んでね」


「了解でーす!」



鍋にトマトとハーブを加えて、少し水を足す。


隠し味の焦がしオニオンペーストをひとさじ。


香りが立ったところで塩をひとつまみ。


ぐつぐつ、と小さく沸いたスープの匂いが広がっていく。



この香りが、誰かの心をほどいてくれるといいなって、あたしはいつも思ってる。



──そういえば、あたしがこのギルドに来た時もも、あのスープの香りがしてたっけ。




森で倒れていたあたしの頬に、そっと触れたその手は、


朦朧とした意識の中、じんわりと温もりを伝えてきた。


「この子……冷えきってる。早く運んであげよう」


おばあちゃん――トワさんが抱きかかえてくれた時に、


懐からふっと漂ってきた香りに、鼻の奥がツンとした。


(……これ、昔、夢で見た“誰かのごはん”の匂いだ)


記憶じゃない。でも、確かに心のどこかにあった。


その瞬間、胸の奥のなにかが、ふっとほどけていく感覚がした。


あとで聞いたら、あれはトワさんが持ってた《焦がし根菜のハーブスープ》の小瓶だった。



「昔からね、香りには記憶を引き出す力があるんだよ」


そう言って、微笑んでくれたトワさんの顔が、あたしはなんだかすごく懐かしく感じた。


それからギルドでお世話になって、料理を覚えて、


気づけば、あたしも厨房に立ってる。


この世界に来て、名前以外の何も思い出せなかったけど、


料理だけは、不思議と体が覚えてた。


鍋の火加減、包丁の角度、塩のひとつまみ。


全部が、自分の中の“何か”と繋がっているような気がして、


だからあたしは、今日もここに立つ。


「ひより、焦がしスープ、もう少し追加お願いできる?」


「はーい!今、煮詰め中ですー!」


そうやって、厨房の1日は、いつもと同じように過ぎていく。


でも、その“いつも”のなかで、あたしの中の“記憶”は、少しずつ、何かに近づいている気がする。


あの人が笑ってくれた、あの味に――。



✦To be continued✦


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