【プロローグ】焦がし根菜のスープと、わたしの物語
ついに日和のプロローグに入りました!
夕焼けの空が、まるで煮詰まったトマトソースのように赤く染まっていた。
カウンター越しに見えるのは、今日も賑やかなギルドの食堂。
あたしはその奥、厨房の片隅で、黙々と包丁を動かしている。
――焦げないように。
――旨味が逃げないように。
――あの人が、「美味しい」って笑ってくれるように。
「ひよりー!“焦がし根菜のハーブスープ”、追加入ったよー!」
「はーい、すぐ出します!」
返事をしながら鍋の火加減を少しだけ強める。
タイミングを外すと、香りが逃げてしまうから。
ここは、《グルメギルド》支部の食堂。
異世界にある、少し変わった場所。
旅人も、冒険者も、魔法使いも、獣人も。
種族も、身分も関係なく――
“うまい飯”を求めてやってくる、食堂。
……あたしは、そんな場所の、ただの料理人。
いや、正確に言うなら――
気がつけば、ここにいた。
異世界で目を覚まし、森の神殿の中で倒れていたあたしを、助けてくれたのがこのギルドの人たちだった。
「ねえ、ひよりちゃん。最近、スープの味、ますますよくなってるよ」
ふいに声をかけてきたのは、ギルドの厨房で最も長く働いているおばあちゃん。
くしゃっとした笑顔と、包み込むようなまなざし。
「ほんと? よかった……今日のは、マレタ根をいつもより長く炒めてみたの」
「ふふ、そういう工夫ができるのが、ひよりちゃんらしいのよ」
このおばあちゃんは、わたしの命の恩人。
……いや、正確には、
“おばあちゃんのおばあちゃん”が、かつてこの世界にいた『作り手』と呼ばれる料理人だったと話してくれた。
あたしが異世界に来たことにも、きっと意味がある。
そう感じたのは、そのおばあちゃんの言葉を聞いたときだった。
「料理はね、誰かの心に火を灯すの。
それは魔法よりも強くて、時には世界を変えるのよ」
……たった一杯のスープが、誰かの心を救うなら。
あたしは、今日もここで、包丁を握る。
焦がし根菜のスープを、丁寧に煮込む。
いつかまた、あの人と出会える日まで。
✦To be continued✦