表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界まで来て、飯食ってるだけなんだが〜スキルはあるけど、自由に飯食ってるだけ〜  作者: 咲村 えん
第1章 旅のはじまりは、魔素とうさぎのスープから
4/7

島の片隅、旅のはじまり


 

「今日はもう遅い。ここに泊まっていけ」

 

スープの余韻がまだ残る中、じいさんはそう言って、敷布を出してくれた。


小屋の片隅に敷かれた干し草の寝床は、なんだか実家の畳より落ち着く気がした。

薪のはぜる音が、ゆっくりと夜を溶かしていく。

 

「……なんか、こういうの、悪くないな」

 

異世界だとか、魔素だとか、よくわからないことだらけだけど。

腹が満ちて、体が温まって、眠れるなら、それで充分だった。



 ――そして、翌朝。

 


 

朝日が、藁ぶき屋根の端をゆっくりと照らし始める。

鳥の鳴き声、薪のはぜる音。ゆるやかに満ちる朝の空気のなかで、俺は小さな背伸びをした。


「おぬし、今日は出発するんじゃろう?」


囲炉裏の前で湯を沸かしながら、じいさんが言った。


「……うん。今日、出発しようと思ってて」


「そうか。なら、腹ごしらえをしてからじゃな」



昨日の残りのスープに香草を足して、パンを炙っただけの朝食。それでも、体にじんわり沁みる。

旅立ちが、ほんの少し、名残惜しくなるような味だった。

 

食事を終えたあと、じいさんは外に出ると、草むらの中に腰を下ろし、空を仰ぎ見た。



「……この世界には、魔素というものがあると話したな?」


「うん。昨日のスープで、なんとなくわかった気がする」


「ふむ。それならもう少し、突っ込んだ話をしようかの」

 

じいさんは、火打石のような声でゆっくり話しはじめた。


「魔素の濃度はな、色でわかるんじゃ。白、薄黄、橙、赤、黒。上三つまでは、一般人でも食って問題ない。だが赤以上は、魔物と化しておる」

 

「なるほど……それが、魔素が濃すぎるってやつか」

 

「そうじゃ。普通の人間も、食べれば魔素を巡らせる。だがな、それは自身の体内で魔素を燃やし、使い切るようなもの。いわば“消費”じゃ」


「へぇ……じゃあ、俺は?」


「おぬしの場合は違う。おぬしの体は、魔素を“調和”させる。取り込んだ魔素を体内で“調和”させて、整った状態で外へと還してまわりの魔素を整える……まさに、“巡り”の体質じゃな」


「……それって、なんかすごそうだけど」


まるで俺が、自然の中の“循環装置”みたいな言い方だ。


「すごいとも。おぬしが飯を食えば、それだけで周囲の魔素が穏やかになる。土地のよどみが晴れ、人の魔物も落ち着く。食べることが、周りの癒しになる体質じゃ」

 

じいさんは、優しく笑った。

 

「ワシは長く生きてきたが、そんな体質の人間は初めて見た。……おそらく、“神の気まぐれ”だけではない理由が、そこにはある」


「……」

 

神様の言葉が頭をよぎる。

『まぁ、それだけじゃないんだけどのぉ……』

 

 ──そうか。あれは、こういう意味だったのか。

 


 俺は空を見上げる。空は広く、どこまでも青かった。


「なあ、じいさん。俺、少しでもこの世界の役に立てるかな?」


「フッ、食べて、生きて、笑っておれば、それで十分じゃよ」

 

そんな言葉を受け取って、小さく深呼吸をしたそのときだった。

 

「……ところで、おぬし。どこまで行くつもりじゃ?」


「え? うーん、とりあえずは……人がいるところ?」


「なら、ちょうどよい。ワシも少し用事があってのう。出かけようと思っておったところじゃ。一緒に途中まで行くか?」


「えっ、いいの!? 船とかあるの?」


「フフ……そうじゃな。ちょっと待っとれ」

 

そう言ってじいさんは、腰の裏から一本の小さな笛を取り出した。


笛は、金属とも木ともつかぬ素材でできていて、ふしぎな文様が彫られていた。

 

ヒュゥゥゥ…………

 

高く、風を切るような音が空へ伸びていく。

しばらくすると


――空の彼方から、羽音が聞こえてきた。

 

ドゥン、ドゥン、と風が揺れ、大きな翼の影が頭上を通った。

 

ゆっくりと降りてきたのは、漆黒の羽毛に覆われた巨大な魔獣だった。鳥のような形をしているが、爪は鋭く、背には人が乗れるほどの鞍がある。

 

「な、なんだ……!」


「こいつは“カルガ”。昔からの相棒でな、食べ物さえあれば機嫌がいい。飛ぶのが好きでのう」

 

「すげぇ…。じいさん、ホントにただのジジイじゃないだろ……?」

 

「ふふ……ただの飯好きじゃよ」

 

 カルガは、じいさんのそばにすり寄るようにして頭を下げた。じいさんが差し出した干し肉をくわえ、満足げに鳴く。

 

「おぬしを、いちばん近い大陸の端っこまで運んでやろう。あとは自分の足で歩いてみるがよい」

 

じいさんと俺はカルガの背に乗った。背中は思ったよりも安定していて、見晴らしがよかった。


カルガの翼が広がり、風をつかんだ。


ーー空が、広がった。

 

島が、どんどん小さくなっていく。あの小屋も、畑も、海岸も、すべてが遠ざかっていく。


あっという間に大陸が見えてきた。大陸の海岸にカルガは降り立った。



「じいさん、本当にありがとう。スープも、話も、魔獣も……」


「礼などいらん。また腹が減ったら戻ってこい。いい飯を作って待っとるからな」


「おう。そん時はまた、スープ頼むわ」


じいさんとカルガとお別れをした。



「……さあて、うまい飯を探しに行くか!」

 

 ヒロの旅が、ついに始まった。

 

✦To be continued✦


次はひより視点です^_^

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ