表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

厨房



ひよりに案内されて、俺は厨房の奥へ足を踏み入れた。


表の喧騒が嘘みたいに、ここは少し静かだった。

鍋の煮える音、包丁がまな板に当たる乾いた音。

 

湯気の向こうで、香草と出汁の匂いが混ざり合っている。


「……すみません。

 急に呼んじゃって」


 ひよりは少しだけ申し訳なさそうに言った。


「いえ。むしろ、ありがたいです。

 厨房、好きなんで」


 そう答えると、ひよりは少し驚いた顔をして、ふっと笑った。


「変わってますね」


「よく言われます」


 そのやりとりを、少し離れたところでトワさんが静かに見ていた。


 棚から小さな壺を取り出し、ふたを開ける。


「これはね、今日のスープに使った茸。

 森の奥の、魔素が少し濃い場所で採れたものよ」


「魔素が……?」


 俺が聞き返すと、トワさんはうなずいた。


「ええ。普通なら、少し苦味が立つ。

 扱いを間違えると、体に重く残る」


 ひよりが、鍋を見つめながら言った。


「だから、下処理を長めにして……

 火も、弱めから入れてます」


 そう言って、ひよりは木べらでゆっくりと鍋をかき混ぜた。


その瞬間だった。


ふっと、空気が変わった気がした。


重さが抜ける。


ざらついていた何かが、ほどけていく。


「……」


 トワさんが、目を細める。


「今……」


 何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。


 俺は、無意識に一歩前に出ていた。

 鍋のそばに立っただけなのに、胸の奥がすうっと楽になる。


(……あれ?)


 ひよりが、不思議そうに俺を見る。


「……ヒロさん、ですか?」


「え?」


「なんか……

 さっきより、匂いが丸くなった気がして」


 トワさんが、静かに息を吐いた。


「……なるほどね」


 棚の奥から、小さな石板を取り出す。

 魔素を測る簡易計だった。


 針が、ゆっくりと――白寄りの薄黄に落ち着いていく。


「おかしいわ」


 トワさんの声は、驚いているのに、どこか確信めいていた。


「火も、材料も、さっきと同じ。

 変わったのは……」


 視線が、俺に向く。


「……この人、だけ」


 厨房に、静かな沈黙が落ちた。


 俺は、思わず苦笑した。


「……あー。

 それ、じいさんにも言われました」


「じいさん?」


「はい。島で会った人で……

 『おぬしは、食えば周りを穏やかにする』って」


 トワさんの指が、ぴたりと止まる。


「……その言い方」


 ひよりと目を合わせて、ゆっくりと言った。


「——あの人そっくりだわ」


 俺は、まだその意味を知らない。


 でも確かに、胸の奥で何かがつながった気がしていた。


 この厨房で。

 この香りの中で。

 俺の旅は、ひとりのものじゃなくなろうとしている。


✦To be continued✦


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ