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難攻不落の子爵令嬢シリーズ

格差を乗り越えて!花摘みが紡ぐ愛【後編】〜どうして浮気をする?乙女のピンチを救え!〜

作者: 真央幸枝

お読み頂きありがとうございます!

楽しんで頂けましたら、ありがたいです

(≧∀≦)

デュモン侯爵家のマリアン令嬢の専属侍女、ニナは揺れる馬車の中で、こぼれそうになる涙を必死に堪え、唇をきゅっと噛んでいた。


マリアンが臥せってしまったのである。


美しいブロンドの巻き髪は艶を失い、ベタついてしまっていた。キラキラしていた緑の瞳は生気がなく虚ろで、目の下には大きなクマができていた。飲食を拒んでいるため、唇はカサつき、頬も少しこけてしまっていた。


先日、王立高等学園の学友、セターレに会いに子爵領へと出かけたまでは良かった。


マリアンやニナにとって、初めて訪問する北部への馬車旅はとても楽しくて。

セターレやその兄、エブラハムと歓談し、その後、マリアンの母の妹が住む侯爵邸へ一泊。

マリアンは久しぶりに叔母とも、心ゆくまで話ができたようだ。おいしい料理がたくさん食べられたニナも大満足であった。


それなのに、である。


マリアンは叔母のお屋敷から帰るなり、父である侯爵に再度、宰相令息との婚約解消を願い出た。


分かる!分かりますわ!お嬢様!


ニナはグッとハンカチーフを握りしめる。

あんな高慢ちきで、浮気男の婚約者だなんて、到底受け入れられない。ぶっちゃけ、トリハダものだ。


それに・・・マリアンは出会ってしまった。

運命の男性に。

あんな大胆な行動に出たお嬢様など見たことがない。


シロツメクサのガーデンで、マリアンがエブラハムに抱きつき、エブラハムが両手を上げて固まっている様子には、持っていた紅茶のトレイを放り投げて、悶絶したいくらいだったのだ。


コレがキュンでなくてなんでしょう!

アレをピュアラブと言わずして、何と言うの!?

それなのに・・・それなのに!!


旦那様はお嬢様の涙の願いを聞き入れるどころか、叱りつけていたのである。そして謹慎を命じていた。


マリアンは以後、自室に鍵をかけてしまい、何人たりとも入室を拒否、食事もほぼ摂らず、引きこもってしまったのだ。


その内に出てくるだろうと、高をくくっていた侯爵夫妻も、心配はしていたようだ。

ドア前に置いた軽食にも手をつけず、物音ひとつしない。しかも湯浴みはともかく、排泄をどうしているのかも分からなかったから。


3日目になり、いよいよ不安に陥った侯爵夫人の命で、護衛がドア鍵を壊して室内に入ると・・・


それはそれは恐ろしいありさまであった。

宰相令息から贈られたであろうドレスがビリビリに破かれ、バラバラにされた装飾類と一緒に床に散らばっていた。

部屋はすえた臭いがして、ニナは思わずえずきそうになった。どうやら、お小水は不要となったドレスに染み込ませていたようだ。丸まったドレスがいくつか隅に放置してある。そして・・・ベッドに横たわるやつれたマリアン。


「・・・なんとおいたわしい・・・!」


ニナや侯爵夫人の悲鳴にマリアンはたったひと言のみ。


「セ・・・セターレ、さま・・・」


そうして、そのまま口も心も閉ざしてしまった。


本音はエブラハムに会いたいのではないのか?

ニナはマリアンが後生大事に手首に掛けていた枯れた花かんむりを見つめた。でも会いたいなどとは決して言えない侯爵令嬢の事情。


ニナは侯爵夫人に、子爵領へ行って、『ご学友』セターレを連れて来たいと必死に直談判した。夫人は涙を浮かべて頷くと、快くニナを送り出してくれたのである。



☆彡



翌朝早くに侯爵邸を出発、午前中にはフェルナンデ子爵邸へ着くと、今回は別邸の商業施設『アワーわらび』に案内された。

今、セターレは子爵領(わらび)のご婦人たちと何やら会談中だと言うのだ。

教えられたサロンのドアの前には『紳士絶対禁制!第108回 推しの嫁 選定会議・わらび婦人会』などとプレートが下がっている。少し開いたドアからは、女性たちのにぎやかな話し声が響いてきた。20名弱のご婦人方がいるだろうか。


「だーかーらー。絶対、エブラハム様も王都のお嬢様にはまんざらでもないと思うわ!」


ニナはギクリとした。


「ホント、フラワーガーデンでの抱擁シーンは胸アツだったわ!こうよ!こう!」


などと言って、ひとりの女性が、向かいの女性に抱きつき、抱きつかれた方はぎこちなくバンザイしている。

マリアンとエブラハムの真似をして、きゃーきゃー騒いでいる女性たちの様子に、ニナは心底ホッとして、サロンの中へ飛びこんだ。


「おはようございます!みなさま!」


「ご機嫌よう、ニナさん」


ニナの訪問を予め聞いていたのだろう、至って普通に挨拶してくるセターレ。


「まぁ、ニナさん、ひどい顔よ。泣いていたの?どうしたの?」


婦人のひとりが尋ねると、ニナはおいおいと号泣しながら、侯爵家でのでき事を洗いざらいぶちまけた。


「侯爵家の旦那様は鬼畜ですか!?」


婦人会の皆は憤慨している。


「マリアン様の婚約者もひどい男ね!はぁー。まぁ、マリアン様に婚約者がいてもおかしくないけど、なんか残念だわぁ」


フラワーガーデンでの抱擁(ハグ)を目撃していた、わらびのご婦人たちはマリアンに婚約者がいた事に、ショックを受けているようであった。

ニナはその婚約がマリアンにとっては、不本意でしかなく、解消したいといつも訴えていたことと、エブラハムに一目惚れしたことを、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら力説する。


「・・・ねえ、おばあ?なんで男は浮気するの?」


婦人会の中でも、比較的若手が一番の年長者に突然尋ねた。


「浮気をするのは男だけではないけどね」


おばあと呼ばれた白髪の60代くらいの女性が答える。


「そりゃあ、そうだけど。男の浮気の方が圧倒的に多いわよ」


頬を膨らませる女性たちに、おばあは質問を投げかけた。


「じゃあ、聞くけど。何で男は浮気すると思う?」


「それは女が好きだから!」


「ナルシストだから!」


「ハニートラップに引っかかるバカだから!」


「単純だから!」


お金があるから、ヒマだから、誘惑に弱いから、性欲が強いから、征服欲があるから、などなど意見が次々に出て、誰かが


「単にチチを揉みたいから!」


「穴を見ると挿れたくなるから!」


それらの発言に、どっと爆笑が起きた。

ニナはあけすけな下ネタにタジタジであったが、セターレは深刻そうな面持ちをしている。


「お嬢様はどう思う?」


おばあが聞くと、セターレは腕を組み言った。


「・・・人として欠落しているから。浮気をしたら、パートナーが傷つくだなんて感じない、想像もできない。そんな人間だから浮気できるのだと思うわ」


「・・・・・・」


大真面目なセターレの発言に、爆笑の波が一気に引いた。


「満たされていない男、心に闇のある男、心が弱い男は女の肌を求めがちだね」


おばあは女性たちをぐるりと見回して尋ねる。


「逆に、どんな男だったら浮気しないと思う?」


「えーと・・・誠実な人!」


「人間のできた人!」


「愛妻家!」


「子煩悩な人!」


「お金のない男!」


「そうね!ケチな男!」


時間のない男、仕事第一主義の男、ハゲ、デブ、不細工、そもそもモテない、臭い男、毛むくじゃら、などなど失礼な意見もガンガン続き、


「あっちがヘタな男!」


「アレが小さい男!」


またまた下ネタ爆弾が投下されて、ぎゃあぎゃあ騒ぎ出す。ご婦人たちの熱気に圧倒されて、まだ19歳のニナはすっかり涙も引っ込み、真っ赤になってしまった。


「・・・満たされている殿方は浮気の必要はないのでしょうね」


セターレがおばあに向かって言うと、おばあは頷き、


「心底惚れ抜いた女がいたら浮気なんてできないさ」


「心底惚れ抜いた女・・・」


婦人たちが顔を見合わせて


「正直、なかなかそんな結婚はできないわよねぇ」


「結婚は妥協と我慢と忍耐だもんね」


そうして、いつの間にか、自分たちの結婚生活の愚痴が始まった。


「・・・エブラハム様はお嬢様を心底惚れ抜いてはくれないでしょうか」


心配そうに、ニナがおばあに聞く。


「残念ながら、今のところはまだだめだ。

でもマリアンお嬢様が、心底惚れ抜くようにエブラハム様の気持ちを動かすことは不可能じゃないさ。

人の心は変わるもの。良いようにも。悪いようにもね。

それにエブラハム様は、我々わらびの婦人たちが見込んだ唯一無二の『推し』なんだから、悪いようにはいかないよ。絶対に」


「・・・でもマリアン様には、宰相の息子という婚約者がいるんでしょう?」


「それに王都の高貴なご令嬢が北部へ嫁入りなんて聞いたことないわ」


婦人会の面々の言葉に、脱力したようにニナが椅子に座りこんで、頭をかかえた。


「そうガッカリしなさんな。そのために我らが子爵領わらび自慢のご令嬢、セターレ様がおられるのだから。彼女は初代を生み出す天才だよ」


「初代を生み出す天才?」


ニナの問いに、おばあはポンポンとニナの肩をたたいて、セターレを見る。


「何事にも『お初』というものはある。

前例がなけりゃ、前例を作ればいいだけのこと。

ねぇ?セターレ様?乙女のピンチだ。助けに行かない理由はないでしょう?」


「・・・南麻布にねぇ・・・行くしかないでしょうね」


「ミ・ア・ザーブ?」


ニナがきょとんとしている。セターレは首を振って


「だいぶはしょってくれたわね・・・いえ、こっちの話よ。着替えてくるまで、ここでお茶飲んで、お菓子を食べて待っていてくださる?あなた、朝から何も食べていないでしょう」


そうして、セターレがサロンを出て行くのを、おばあはじっと見つめていた。


「エブラハム様はもう大丈夫。だけど一番心配なのはお嬢様か・・・そう簡単にはいかないだろうね・・・お嬢様は色々と深すぎる・・・男の方に溺れるくらいの覚悟がないとダメだろうねぇ・・・」


「もひかひて、ヘターレはまの会もあるんでふか?」


焼き菓子をモグモグ頬張りながら、ニナが聞く。


「「もちろんよ!『セターレ様の恋愛成就を祈る会』は139回も開催しているわよ!」」


婦人会の面々が声を揃えた。



☆彡



ニナはゴクリと唾を飲み込んだ。

侯爵家の立派な馬車に乗り込んできたのは、先ほどとは別人のような姿のセターレと、キリリとした装いの男性である。

サロンに再び現れたセターレを見た時は、腰が抜けそうになった。一方、婦人会の皆はうっとりと感嘆していた。


紺のアシンメトリーティアードのマーメイドドレス姿。王都ではあまり見ない仕様のドレスである。髪は夜会巻にして、パールの髪飾りを挿している。アクセサリーもパール。シンプルながら最高級品の真珠だと一見して分かる。しっかり施された化粧によって、ニナよりも年上でないかと思わせるほどだ。妖艶さと知性が溢れ出ている。


「あの・・・そちらの殿方は・・・?」


ニナの斜め向かいに座った男性をチラチラ見ながら、セターレに尋ねた。


「子爵領の顧問弁護士だけど、侯爵邸には行かないわ。王都へ着いたら、別件でやってもらう仕事があるの。

王都へ着くまで、わたくしの秘書兼護衛よ。

侯爵邸には出版社の社長夫人が、わたくしの秘書として同行するわ。大体、病いで臥せっているご令嬢のところへ、男性が顔を出すわけにはいかないでしょう?」


「はぁ・・・」


ニナはドギマギした。この弁護士、ニナの好きなタイプなのである。

顔が好みだ。さらさらした金髪を後ろで縛る、王都でもスタンダードなヘアスタイル。色白面長。切れ長の澄んだ青い瞳。そして年上男性特有の落ち着いた雰囲気。ニナは同世代のがっついたところがとても嫌いなのだ。それに『どうぞ、よろしく』と微笑んで挨拶した声がまたいい。王都へ着くまで一緒だなんで、何たる幸運。眼福、耳福だ。


弁護士は書類を見ながら、隣に座るセターレと打合せを続けている。仕草全部がカッコいいわ。


「はぁ・・・スキ」


と、ニナが思わず呟いたので、弁護士とセターレが同時に顔を上げ、ニナを見た。


「あ!申し訳ありません。邪魔するつもりはなくて、ただ考え事をしていたら、つい独り言を・・・」


「いいのよ。わたくしたちも一区切りついたから。ニナさんもつまらなかったわよね。わらびとその友好領地以外の北部って、ダサいし退屈だもの」


セターレの遠慮ない物言いに、ニナは正直に頷く。


「実は私は南部の伯爵家のひとり娘でして・・・。

私が10歳の時、両親は馬車の事故で亡くなりました。南部の屋敷は、親戚に奪われましたが。

・・・私は幸い、侯爵家の奥様に助けられて、それからは侯爵邸でご厄介になっています」


セターレと弁護士が驚かなかったのは、この程度の情報は掴んでいたのだろう。弁護士は頷き、


「実は私も没落した子爵家の長男でした。王都でヤケになっていたところをセターレお嬢様に拾われました」


「拾われただなんて、そんな。スカウトされたと言ってちょうだい」


セターレが不満そうに弁護士を見ると、彼は優しい眼差しを返す。

あ、とニナは気づいてしまった。

この弁護士、セターレ様が好きなんだわ。

ニナの胸がチクリ、と痛み、ちょっとした意地悪心が湧いてしまった。


「・・・私自身、その時の事故で大きな傷を負いました。だからもう結婚は諦めているんです。

なのに先日、エブラハム様がキック・で・ボードの試乗会でおっしゃっていました。『多少のケガを恐れて、新しい経験や体験をしないのはもったいない』とセターレ様が言われるのだと・・・

私はこんな傷ものですので、なんか、こう、違和感があったと言うか・・・

特に子女は、ケガなどしないに越したことはありません。将来を台無しにしてしまいますから」


弁護士が探るような表情をする。

一方のセターレはちっとも堪えていない様子で、


「そうでしたのね。それならば将来とやらを諦めて、侍女として粛々と主人に尽くし、淡々と日々をお過ごしになっていればよろしいわ」


セターレが先ほどまでの砕けた口調から変えて言い放つ。


「わたくしは子爵領の専制君主ではありませんわ。

しかも、まだまだ若輩者。

言葉選びもそうですけど、失敗することも多いです。

それに、わたくしの考えに賛同できないも良し、できるも良しで、その選択は民たちに委ねております。

無理に子爵領に住まいを置くこともないし、どこで何をするのかはそれぞれの自由です。

もっとも自由には責任が伴いますけれどね。

もちろん、あなただってリスクを犯してまで、新しい事に挑戦することはありませんわよ。

そもそも、わたくしはあなたに無理強いなどしたこともありませんけれど」


「で、でも王国では、なかなか住まいの自由も勤労の自由もありません」


「そうかしら?フェルナンデ子爵領にはありますわよ」


セターレはニナをじっと見つめた。


「あなた、わたくしに嫌味が言いたいのではなくて?

それから、本当は伯爵家の令嬢として、結婚したいと思っているのでしょう。

都合良く問題の本質をすり替えたり、他人の粗探しをするのははしたなくてよ」


弁護士の前なのに、ニナの胸の内をズバリと指摘され、カッと身体中が熱くなった。返り討ちだ。


「た、大変失礼いたしました・・・」


「こちらこそ、きつく言い過ぎましたわ。わたくし負けん気だけはお母様以上かも知れないわね」


セターレが口をすぼめると、弁護士が


「そんなお嬢様が魅力的なんですよ」


などと笑顔で頷いている。


・・・泣きそうだ。情けなくて。恥ずかしくて。

ちょっとセターレを突っついてやりたかっただけなのに。

逆にセターレの可愛らしさを引き上げてしまってどうする。


「し、子爵領にいたら、私のような傷ものでも、誰かもらってくれるのでしょうか・・・」


「子爵領だろうと、どこだろうと、貴方が貴方らしく振る舞っていれば、誰かの目には止まると思いますが」


弁護士が優しく言った。トクン、と心臓が高鳴る。


「ニナさんはまず、自分で自分を貶めることをやめることね。あなたはモノではないのだから。少なくともわらびにいれば、おばあ達がほっとかないとは思うけど」


セターレの口調が戻っている。ニナはぎこちなく笑った。



☆彡



デュモン侯爵邸の豪華な居間では、招かれざる客を睨みつけるデュモン侯爵と、無表情の侯爵夫人が並び、その向かいには、それを全く意にも介さない表情のセターレと、その横には、早馬の知らせにより合流した出版社の社長夫人がいた。

侯爵は高級椅子に大股広げて、ふんぞり返っているが、セターレと社長夫人は立ったままだった。


「北部の田舎の成金貴族が!!

侯爵令嬢と学友だと?図々しいにも程がある。今後の交流は控えてもらいたいものだな」


侯爵の高圧的な物言いに、夫人は顔色を悪くした。

そもそもの目的が分かっていない。

ドアの側で控えていたニナもハラハラしていた。


セターレは扇を広げ・・・また、この扇が成金貴族を象徴するような豪華な作りだった。繊細なレース編みで、複雑な金刺繍が施されている。房は金糸で、ここにもパールが贅沢にもあしらわれて・・・わざと見せびらかしているのだろう。口元に当てた。


「あら奇遇ですこと。わたくしも全く同じことを思っておりましたの」


「なんだと?」


侯爵が眉をひそめている。


「家格と血統と伝統やらを重んじる『青い血』の人間など、老若男女何人たりとも『誰かの道具』になどしない高潔なフェルナンデ子爵領に、足を踏み入れて頂きたくはありませんわ」


「なんだと!」


「まあ!」


侯爵の怒鳴り声と、夫人の悲鳴が重なった。


そこへ護衛に抱かれた、簡易な白レースドレス姿の憔悴しきったマリアンが居間に入ってくる。

久しぶりに見た、変わり果てた姿のマリアンに、侯爵は動揺した。


「・・・虐待でもされていたかのようなお姿ですわね」


セターレが扇で鼻を隠して、冷淡に言う。


「・・・そんな、まさか。侯爵令嬢として大事に大事に育ててきたのだ」


長椅子に寝かせられるマリアンを見て、医者を・・・などと侯爵はブツブツ呟いた。


「我が子爵家とは相反する思考ですので、今後の交流はないということで了承いたしますわ」


セターレが言うと、侯爵はキッとセターレを睨みつけた。


「貴様の言っていることは綺麗事だ!貴族社会はそう単純ではないのだ!」


パチン!とセターレが扇を閉じる。マリアンが悲しそうに瞳を伏せ、ニナは動悸が止まらない。


「綺麗事、ではなくて、『綺麗』そのものなんですのよ。

子爵領民たちの心は、空のように広くて、海のように深い情に溢れておりますの。

政略で道具のように子女を扱う『誰かさん』とは家格云々ではなく、精神レベルがそもそも違うのですわ。

おっしゃる通り『釣り合いが取れない』のです。

汚して頂きたくはありませんわ」


「黙れ!黙れ!黙れ!!

貴様ら!二度と侯爵邸に来ることを許さんからな!」


侯爵はツバを飛ばして怒声をあげる。セターレは顔をしかめながら、また扇を開いて、顔を覆い隠した。


「では、最後にひとつ申し上げておきますわ。血統や家格を重んじるばかり、犯罪者のところへ嫁に出そうだなんて、正気の沙汰ではございませんわよ。

それが伝統とおっしゃるならば、別ですが」


「は、犯罪者!?」


初めてデュモン侯爵夫人が喋った。


「そ、それはどういう・・・」


夫人の問いに、セターレと出版社の社長夫人が顔を見合わせた。


「あら、ご存じない?宰相令息殿は『結婚詐欺』と『婦女暴行』で今頃、抗議されていますわよ。

低位貴族令嬢たちが『被害者の会』を結成して、慰謝料を請求されているとか。

明日の王都新聞の一面が楽しみですわね」


これか!!とニナは武者震いがした。

弁護士が王都まで来た理由。

出版社の社長夫人がセターレの秘書として来た理由。


「セターレ様、そろそろ次のお約束が・・・」


社長夫人の言葉に、セターレは扇を再度閉じると、


「あら、もうそんな時間?」


などと、これまたこれ見よがしに、豪華な懐中時計を開けて時間を確認する。希少な宝石が数字をあしらっている珍しい懐中時計だった。

デュモン夫人が深いため息を洩らす。


「随分と珍しい時計をお持ちですのね」


「隣国の王太子妃殿下に懇意にしていただいておりまして」


セターレが意味深に言うと、侯爵の肩がピクリと揺れた。とある隣国は希少な宝石が採掘されるので有名なのである。


「まぁ、田舎の成金貴族の分際ではありますが」


セターレの皮肉に、侯爵は威厳を保とうと、フンと鼻を鳴らした。


「・・・それよりも、マリアン様?何ですの、そのボロ雑巾のような体たらくは。

貴女、ここのトイレと同じくらい臭いですわよ。鼻が曲がりそうになりますわ」


言ってしまった!ニナは叫びそうになる。

言ってしまったよ!セターレ様は!!


マリアンは目を見開いた。自分の臭いはなかなか自覚できないもの。いくら臭くても、箱入り娘に誰も言えなかったのだ。


「マリアン様、青い血のままでよろしいの?

『わらびの女』になりたいのではなくて?」


「わらびの女・・・?」


「そうですわ。『わらびの女』

世のため、人のため、自分の幸せのために生きる、愛と自由と責任ある女のことです」


「わらびの女に・・・なりたい」


「何の話をしているのだ!お前らは!!」


侯爵がイライラとマリアンとセターレの会話に割り込んできたが、セターレは無視した。


「でしたら、マリアン様、しっかりして下さい。

ちゃんと食べて、湯浴みをして下さい。

美しい髪には神が宿り、清潔な服は福を招くのです。

髪を整え、ドレスに着替え、そうして戦いなさいませ。

『誰かに何とかしてもらおう』と思っている程度の欲しいものは、本当に欲しいものではありません。

心から欲しいもの、欲しい殿方がいるのなら、自分の力で奪うのです」


「・・・奪えないときは?」


マリアンが弱気に言うと、セターレは初めて侯爵邸で笑顔を見せた。


「だったら、ここにわたくしは来ませんわ!」


その意味を理解したマリアンの緑の瞳に涙が溢れてくる。それは失望の涙ではなく、嬉し涙、希望の涙だ。


「セターレ様!わらびの女として・・・わたくしをお迎えくださいませ!」


「・・・お待ちしておりますわ」


そうしてセターレと出版社の社長夫人は侯爵邸を出て行った。

アシンメトリーティアードのマーメイドドレスをふわり、ふわり、と揺らしながら、圧倒的な余韻と存在感を残して。



☆彡



翌朝、王都新聞の一面に衝撃的な記事が載った。

宰相の侯爵家が、19名もの低位貴族令嬢を『第二夫人にしてやる』『妾にしてやる』などとそそのかし、貞操を奪ってあっさり捨てた、息子の蛮行に対する抗議と慰謝料請求に応じ、示談になったというものだ。


当然、マリアンとの婚約も破棄されることになった。


同時に、新聞の中面広告には、

『純愛小説・身分差恋!幸せの花かんむり』が近日発売!重版必至!舞台化決定!

などと大きく載っていて、マリアンはそっちの広告の方に異常な関心を示していた。



・・・なんという令嬢だろうか。セターレ様は。

セターレのひと言で、すっかり生まれ変わったようなマリアンの様子に、ニナは舌を巻くしかなかった。

今にも消えそうな廃人だったのに。



その数日後、純愛小説がマリアンの手元に届けられた。

それがマリアンとエブラハムがモデルになった小説だと、こっそり読んで知った侯爵夫人は、マリアンの絶対的味方になった。そのバックには当然、夫人の妹もついている。


もしもエブラハムとの婚約を認めない場合には、侯爵家を出て子爵領へ移住すると、なんとマリアンだけでなく、ニナを始め、侍女、使用人のほとんどが申し出た。

護衛たちなどは、何ならみんなで今すぐ子爵領へ行こう、などと煽っているではないか。


すっかり孤立し、慌てた侯爵は、フェルナンデ子爵家嫡男、エブラハムとの婚約を打診することになるのであった。



影の立役者として、王都でも有名な年齢不詳の美人祈祷師が、セターレによって派遣され、侯爵家で前代未聞の祈祷を捧げたのは、知る人ぞ知る話である。


「王国の〜安穏と〜、王家の〜弥栄と〜、デュモン侯爵家の安泰と〜マリアン様の健康と〜恋愛成就を祈念し〜」


小太鼓を叩く役目を仰せつかったのは当然ニナだ。祈祷師から直々の指導を受けさせてもらった。


「マリアン様の恋路を〜邪魔する不届き者は〜馬に蹴られて〜不能になり〜」


デュモン侯爵がアソコをガードしたとか、しなかったとか。

これは名誉に関わる案件なので、トップシークレットだ。


最後までお読み頂き、ありがとうございます!

当面の間、感想フォームは閉じさせて頂きます。

m(_ _)m

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