第17章 9 フョードル
ジナイーダは、浅い呼吸を繰り返す。ガラス玉のようにきれいな瞳は、焦点が定まらず、彼女が動揺していることを示している。
フョードルが、不意に彼女に歩み寄った。
その場にいるだけでアカトフを牽制していた警察官を警戒し、ジナイーダは椅子の上で身を引いた。その場にいた誰もが彼とジナイーダに注目する。
フョードルは、穏やかな声で彼女に話しかけた。
「僕は、君に会ったことがあるかもしれない」
ジナイーダの口が小さく開いた。
僕がロシアに連れてこられた時だ、とフョードルは言った。彼女の前で身を屈め、目線の高さを合わせた。
「汽車の中で、お母さんを呼ぶ、金髪の女の子がいた。彼女はハーニャと名乗っていたよ。僕は彼女と手遊びをした。モスクワで別れるまで」
フョードルは両手でウサギを作った。
「教えてほしい。ジナイーダ__これは、君の本当の名前なのか?」
オレグやベグが、同時に顔をしかめた。自分の名前に思いを巡らせているのだろう。マリヤが呟く。
「あたしの名前はマリヤじゃない。アンナだ。あんたも……?」
ジナイーダは、膝に揃えて置いていた両手をゆっくり持ち上げ、指を広げたままクロスさせた。蝶のような影が床に現れる。
少女の目から、涙が一滴こぼれ落ちた。
「……ハーニャ」
子どもたちが息を呑む。少女は、もう一度叫んだ。
「ハーニャ!」




