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第17章 8 コーリャ

 コーリャは紅茶のカップをとウォッカの瓶を載せた盆を運んできた。ジナイーダとアカトフの前の卓盆を置いて、酒瓶をアカトフに、紅茶をジナイーダに寄せた。

「ソビエトだと? お遊戯会の次は、ごっこ遊びか」

 コーリャを出せとわめいていたアカトフも、今は彼への執着をすっかり忘れているようだ。歯をむき出してコーリャを嘲る。取り澄ました子どもらしくない顔を何とか崩してやろうと試みる。

「俺をここまで馬鹿にして、今後無事でいられると思うな。ワグネルも真っ青の地獄に落としてやる」

「僕たちはもう、地獄にいます」

 コーリャは静かに答えた。

「僕の話で最後です。つまらないのなら、どうぞお酒でも飲みながら」

 荒々しい手つきで酒瓶を取り上げ、アカトフが一杯引っかける。先程の紅茶に入れたウォッカと同じものらしく、栓は開いていた。

「僕が話すのは、ジナイーダが子どもたちや僕をあなたに差し出した理由です」

 コーリャは、「ソビエト」の全員で書き上げたプラウダ紙をそっと揺らした。

「時間がないので、手短に。消えた子どもたちが皆、ジナイーダと何らかの親交があったことは事実です。彼らが姿を消したことも事実、ジナイーダが僕を手紙でこの町に誘導したのも真実です。では、その結果何が起こったか? 分かっているのは、一人は確実に死に、他の四人は未だ家族の元に戻ってきていないことです。また、あなたの職場と関係が深い場所で、子どもの骨が見つかったことも事実です」

 アカトフはあくびをした。

「これらいくつかの出来事を無理やりにでも糸で繋ごうとすると、僕らは憶測という質の低い材料を使わざるを得ません。それでもこの場であなたたちに聞いてもらったのは、僕たちが力を合わせて出した結論が、紛れもない真実であると信じて疑わないからです。それを__良識のある大人は、幼稚な決めつけだと笑うでしょう。一連の話を警察署で訴えても根拠のない戯言と一蹴されてしまうでしょう。でも、ある特定の人々だけの真実が、社会の全てになる方法を僕たちは知っています」

 それが、ソビエトという正義です__

「僕らは今、あなたと聖戦をしています。僕たちこそが正義で、あなたは粛清されるべき走資派です。だからここでは、僕たちの論理であなたを弾劾します」

「いかれてるよ、お前。母親が死んでとち狂ったんだな」

 コーリャは聞こえないふりをした。

「あなたは、ジナイーダの尊厳を貶め続けてきました。実の娘ではない、憎いウクライナ人だという理由で。気の遠くなるほど長い時間、彼女を苦しめた。だからジナイーダは、あなたから逃れようとした。しかし、彼女の成長と同時に、あなたの執着は膨れ上がっていきました。彼女を孤立させ、飴と鞭で支配下に置こうとした」

 ジナイーダをよく見ると、小さく震えている。

「彼女はどうしてもあなたから逃れたかった。しかし、母親は助けてくれない。自分を守るために幼い彼女が思いついたことは、自分と似た別の者を身代わりにすることでした。

 最初は、モナだった。モナも可愛い子だったと彼女の元友達から聞いた。

「ところが、あなたはモナでは満足しなかった。モナを始末したのがあなただったのか、口封じのためにジナイーダが殺したのかは不明ですが。

 イヴァンも、ヘルガも、ユーリもジナイーダの代わりを務めることはできなかった。ある時期から、片親の子が犠牲者の中に目立ちます。あなたが僕の母を探していたのと同じ頃、ジナイーダはそれを敏感に察し、あなたの愛人と実の子どもを探していたのではないでしょうか?」

 アカトフが、またあくびをした。目がとろんと濁ってもいる。ジナイーダは、冷めた紅茶にそっと口をつけた。

「モスクワにやってきた僕を、ジナイーダは執拗にあなたに会わせようとしました。あなたは、ジナイーダから何と聞かされていましたか? 警察署に、僕を迎えにこようとしていましたね。気に入った女との息子を引き取って、どうするつもりでしたか?」

「そりゃあ__やることといったら__一つしかない」

 アカトフは間延びした口調で言った。

「この際だから教えてやる。お前とジナイーダに子どもを作らせりゃあ、最高に__俺の好みの__女の子が__」

 アカトフの手から、酒瓶が滑り落ちた。ガラスの割れる派手な音がして、アカトフはほんの一瞬身を固くした。

「なるほど。あなたの言い分はよく分かりました」

 コーリャは感情を抑えて言った。

「あなたは、ジナイーダを解放するつもりはなかったんだ。自分からここまでして逃げたかったジナイーダを、最後の最後まで……」

 アカトフはもう聞いていなかった。目を閉じて盛大にいびきをかき始めた。それでも、コーリャはありったけの大声で叫んだ。

「僕は、絶対にあなたを許さない!」

 扉が開き、子どもたちが中に飛び込んできた。眠り込むアカトフと、硬い表情で父親を見つめるジナイーダ、そして顔を隠すコーリャを見た。

「薬、効いたんだね」

 シロンが呟く。母親と死ぬために用意した薬を再利用したのだ。

 オレグとドミトリー、それにベグがコーリャを支える。マリヤたち女の子三人は、遠巻きにジナイーダを見守っている。


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