第17章 5 アリー
人の前に立つのは慣れている__アリーは、自分に何度も言い聞かせた。自分をじろじろと見つめているアカトフやジナイーダなんて、怖くない。義母が用意した、怪物のようなカメラに比べたら__。
今だけ、アリアズナに戻るのだ。世界中の注目を集めたわたしの舌を、顔を、もう一度。初めて自分と大事な友のために使うのだ。
「ジナイーダ、ごめんなさい。あなたにとってとても不愉快な話をします」
ジナイーダはぴくりとも動かない。
「あなたが小学校に通い始めた頃から、あなたとアカトフさんの関係は変わり始めました」
アカトフは、ジナイーダに優しくなった。友達を失って泣くジナイーダを慰め、可愛らしい服やアクセサリーを買い与えた。食事の席で、行儀が悪いと烈火のごとく怒り出すことはなくなった。今まで辛く当たった分を取り返すかのようにジナイーダを可愛がり、些細なことでも大げさなほどに褒めてご褒美を与えた。
そして、彼女をしょっちゅう、買い物や散歩に連れ出すようになった。それまで、アカトフの虐待を疑っていた近所の住人は、一転して良い父親となったアカトフを賞賛した。
だが、次第に妙な噂が近所中に流れることとなる。
「最初は、二つの噂でした。一つは、アカトフさんが浮気をしているという噂。ホテルのカードを財布に入れていたとか、夜間の外出が増えたとか、他愛のない根拠のものばかりです。もう一つは、ジナイーダがもう処女ではないという__噂です」
二つが一つに繋がるまでに、さほど時間はかからなかった。
「目撃者がいたんです。ジナイーダを連れて、宿泊目的でないホテルに入るアカトフさんの姿や、下着姿で夜家の周りをふらふらと歩いているジナイーダを」
アリーは続けようとした。だけれど、その先をどうしても言えなかった。目の前の醜悪な男をやりこめてやりたいのに、体が動かない。
「あなたは、父親、として、さ、最低なことを……」
嗚咽が言葉を浸食する。一度口をつぐむと、こらえていた涙が溢れた。泣き虫アリーとこの前もベグに言われたばかりなのに、その時絶対に克服してやると誓ったのに、自分はちっとも変わっていない。
カメラの前だったら、演出以外で泣くことは許されなかった。学校へのカメラ乗り入れを教師に叱責された日も、顔も知らない男に追いかけ回されたあの日も、動画を撮る時は笑顔を保った。撮影が長引くと義母が不機嫌になるから、感情をこらえることはアリアズナの特技だったはずなのに。
「あなたと、ジナイーダの間には、早い段階から……肉体関係がありました」
アリーは泣きながら告発した。アカトフを指差し、糾弾というよりはむしろ嘆き悲しむように自分の担当分を伝えきった。
「ジナイーダは、アカトフさんに従順なように見えます。ですが、それは何故でしょうか。普通の親子のように、父親に反抗したりうっとうしがったりすることがないのは、自然なことでしょうか。……わたしは、そう思いません。アカトフさんは、ジナイーダを今も苦しめています。……私からは、以上です」
ジナイーダの冷たい視線から逃げ帰ってきたアリーを、マリヤが抱きしめた。
「あんたは頑張ったよ。本当に」
マリヤにすがって大泣きしながら、アリーは自分がとっくに「アリアズナ」でなくなっていたことを知った。




