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第17章 4 ドミトリー

 次に入ってきたのは、ジナイーダとも、アカトフとも面識のある少年だった。

「ドミトリー坊ちゃんじゃないか!」

 アカトフが驚きの声を上げた。

「一体、これは何なんだ? 第一、君は死んだものと思っていたが」

 ドミトリーはうなずいた。

「僕は確かに死にました」

「じゃ、今ここにいるのは幽霊か?」

「そう思って下さって結構です」

 ジナイーダも、困惑の目で彼を見つめている。彼女の美しい瞳を避けるように、ドミトリーは自分の記事を開いた。

「セルゲイ・アカトフ氏が、モスクワに戻ってからのことについて」

 ドミトリーが話し始めると、アカトフの笑いが消えた。

「戦争中、マリウポリを離れた後、あなたはバフムート、セヴェロドネツク、リヴィウ、で戦いました。ですが、六月にリヴィウで捕虜となった後、殺人、強盗、強姦等の戦争犯罪を問われ、数ヶ月ウクライナ当局の刑務所に抑留されることとなりました。捕虜交換でロシアに帰還したのは一月のことです」

 アカトフは口を歪め、悪態をついた。

「モスクワの家に帰還したあなたを待っていたのは、予期せぬ新しい家族でした。ジナイーダです。ウクライナから連れてこられた、当時二歳のジナイーダを、あなたがいない間に奥さんが引き取ったのです。奥さんは性的行為は嫌いだったものの、自分に子どもがいないことは残念に思っていました。折良く、あなたの帰りを待つ間、政府がウクライナの孤児の受け入れ先を募集していました。奥さんは、沢山のウクライナから来た子どもたちをじっくり吟味した末に、一番可愛らしいジナイーダを選んだ、と証言しています」

 ジナイーダが身じろぎした。

「あいつが言っていたのか?」

「そうです」

 ドミトリーは悪びれもせずに答えた。

「アカトヴァさんには、オレグから正式に取材を申し込みました。孤児を保護する慈善家の特集と言うと、アカトヴァさんは喜んで協力してくれました」

 インタビューしたのは、オレグとアレクスだった。話が戦時中に及んだ時、アカトヴァは何気なくこう話した。

『夫には、なるべく沢山のウクライナの女をレイプしてきなさいなと言ったわ。だって、それであの人のどうしようもない性欲を満足させられるなら、一石二鳥でしょう?』

「……あいつは確かに、俺にそう言った」

 アカトフは苦々しく呟いた。

「この発言について、僕が何らかの判断を下すことはできません」

 ドミトリーはただ、こみ上げる吐き気をこらえるために口を押さえた。同じ国の、同じ町に住む人に、これほどの嫌悪感を抱いたのは生まれて初めてかもしれない。


 自分は、オレグたちの憎しみや情熱に引っ張られているだけなのだろうか。「ソビエト」に正式に加入してから、何度も彼は悩んだ。彼らに同調するふりをしているだけで、本当にロシアを敵にすることは心の中でも出来ないんじゃないだろうか。


 だが、悩んでいる時でも揺らがない一つの事実がある。オレグたちは、ドミトリーのかけがえのない友達である。


「……話を戻しましょう。ジナイーダを養子とすることにあなたは同意しましたが、彼女には殊更に辛くあたりました。幼少期には気まぐれに暴力を振るい、文字の勉強をするジナイーダと奥さんを家から追い出しました。奥さんにジナイーダが話しかけようとすると、厳しく叱りつけてやめさせました。奥さんが仕事で家にいない時、ジナイーダの食事を抜いたり、暗いところに何時間も閉じ込めることで定職につけない鬱憤を晴らしました」

 フョードルが再び動いた。アカトフは、職業について言及されることを非常に嫌っているようだ。

「また、ジナイーダが学校に上がってから出来た友達を追い払ったこともあったようですね。オレグが最初に発表した、学生時代のあなたのいじめと似た手口です」

 ドミトリーは話しながら、ジナイーダの様子を窺っていた。彼女は口をぴったりつぐみ、相変わらず人形のように動きの乏しい表情で耳を傾けている。自分の名前が出てきても、もう反応しない。

 ドミトリーは記事を閉じた。

「ジナイーダが成長してからのことは……次の子の担当です」

「おいおい、いつまで続くんだ!」

 アカトフが野次る。

「全ての発表が終わるまでです。……飲み物、お持ちしましょうか」

 客間を出て行こうとすると、アカトフが声をかけた。

「なあ、ドミトリーの幽霊君よ」

 ドミトリーは扉に手をかけたまま立ち止まった。

「お前の人生、もう終わりだな。もう、今までの贅沢で安穏な暮らしには戻れない。そうだろ?」

 ドミトリーは振り向いた。贅沢な生活。それがドミトリーにとって大事なことなのだと、アカトフは愚かな勘違いをしている。

「戻りたいとは、一度も思いません」

 扉を開き、決然とした表情のアリーとすれ違った。

 


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