第14章 1
ソビエトとは何か__実はよく分かっていない者もいる。コーリャは学校であまり歴史の深い部分まで教えてもらわなかったし、マリヤやベグは学校をサボっていた。彼らの為にオレグは嬉々としてソビエト史講義を開催した。家にはソビエトに関する書籍が山ほどあったが、彼はどの本に何が書かれているか把握しているようだった。
帝政を倒して以降、「全ての権力をソビエトへ」の標語通りに実権を握ったレーニンらボリシェヴィキは、時には非情な手段を用いてソビエト連邦という社会主義の皮を被った一大帝国を作り上げた。続くスターリンが、ソビエト連邦を粛清と飢えの国に変身させた。スターリンの死後、幾度もの緩和を経て、ソビエト連邦という国はなくなった。ソビエト連邦を構成していたいくつもの主要な国々が一斉に独立したためだ。ソビエトは終わりを迎えたように見えたが、ウクライナ侵攻によって、まだソビエトの領土拡張への野心と暴力的な態度が生きていることが証明された。
「なんか、ずっと乱暴だな」
シロンが呟いた。
「誰も彼も、我を通すことしか考えてない。暴力で全部解決しようとしてる」
「その通りさ」
オレグは賛同する。
「ボリシェヴィキもメンシェヴィキも帝国派も、自分がやりたい放題できる国を作りたいだけだ。そのためには何が必要か? 最初は農奴に見せるきれいな夢だった。それだけじゃ勝てないと知ってから、レーニンたちは血生臭い方向に進んでいった」
「暴力なんて大嫌い」
アリーが自分の肩を抱きしめて呟いた。
「そうか? オレは大好きだぜ。この拳で誰でもぶちのめしてやれる」
ベグがけしかけるように言い返す。
「マリヤにも勝てないくせに」
「何だと?」
ベグとアリーはすぐに喧嘩になる。最初は一方的にアリーがベグを怖がっているように見えたのだが、案外彼女はベグに言いたいことを言っている。
「やめようよ」
コーリャは二人の肩を抱いた。
「僕も、アリーに近い意見だ。見境なく敵に向かっていくのは怖いな。すぐに息切れするよ」
強い力は長続きしない。
「あたしたちは、まだとても非力だ。警察とだって町のやくざとだって、まともにぶつかったらとても勝てやしない。無用な争いや悪目立ちは避けて行動する方がいいね」
まとめるマリヤが、ちらりと壁にもたれているフョードルを見上げた。
「……と、あたしは思うんだけど」
フョードルは無言でうなずいた。自分が口出しする必要はないと思っていた。
集まった子どもたち__フョードルを含め__の願いは一致していた。ウクライナに行きたい。たとえそこが好きになれなくても、マリヤのようにロシアに戻ることになったとしても、自分が生まれた本当の国を見てみたい。
そのためにこなすべき問題は山のように積み上がっている。ビザを取得できない。全員分の旅費がない。ロシアからウクライナに行く時の審査は非常に厳しく、アリーの素性を隠したまま出国できるか危うい。
それでも、ああだこうだと作戦を練るのは楽しかった。珍しくはしゃいだベグが、日頃の確執も忘れてアリーと楽しげに語らっていた。その様子をコーリャが見つめていると、不意に黙っているシロンと目が合った。
シロンは、コーリャに向かって目だけで笑いかけた。その途端、コーリャの胸は訳も分からず痛んだ。シロンの故郷はカザンだ。ロシア連邦の中にある。皆が行きたいと相談している国は、シロンには無関係だ。
マリヤの退院前に、コーリャはオレグと何度も議論した。ここにいる全ての仲間のために、ソビエトは発足した。どんな立場の子も幸せになるために。その中にはシロンも含まれている。だけど、うっかりするとウクライナへの夢を語る時に彼を抜かしてしまう。
シロンはシロンで、ウクライナに思いを馳せていた。あそこは自分にとっても特別な場所だ。父親が兵士として旅だって、戦死した。きっと今でも、身元の分からない敵兵として誰にも弔われずに異国で眠っている。また、コーリャと出会った場所でもあり、自分と母親が心中を図った町でもある。良い思い出は数えるほどしかない。父のためを思うならば、深く憎むべきなのかもしれない。けれど、初めてできた友人たちと、その因果のある国を旅するのは悪くない。辛い思い入れを、楽しい思い出に上書きできれば。




