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第13章 4 子どもたち


 しばらく入院となったマリヤの為に、仲間たちの他に記者も見舞いに来た。

「何で、あんたが知ってんの?」

 記者が持ってきた菓子をつつきながらマリヤが尋ねる。

「ドミトリー君に聞いたんだ。私たちは、あれからメールを交換してね」

「馬鹿じゃないの」

 ドミトリーにマリヤが言った。

「災難だったね。出来れば詳しく取材したいところだけど……」

「冗談じゃないね。本に書く気だろ」

 マリヤは顔を背けた。

「それよりも、あの警官に取材を申し込んだらどうだい。逮捕されさえしなきゃ、かなり面白い取材が出来ると思うけど」

「警官?」

 フョードルは、マリヤの受診を拒否した態度やコーリャたちとの会話で大方の事情に気がついたが、口外しないと約束してくれた。

 フョードルの個人的な事情を聞き出したのはオレグだ。フョードルも、十歳の頃にやはりアリーやマリヤたちのようにウクライナからロシアに連れてこられた。今は完全にロシア人として振る舞ってはいるが。

「集まるもんだね」

 妙なところに感心している記者。

「ところで、手術の費用はどうするんだ。保険なんか入ってないだろう?」

「手術なんか、しなくていい」

 むっつりとマリヤが応える。

「嫌だよ! 僕がバイトするから……」

「まあ落ち着きたまえ」

 記者は財布を取り出し、紙幣をかなりの枚数取り出した。

「これを足しにしなさい」

「いいんですか!」

 素直に喜んだコーリャをオレグがたしなめる。

「大人の親切を信用するな」

「ひどい言われようだ。貸付なんかじゃないよ。投資だ。君たちという未来への」

 マリヤは悪態をつかなかった。

「……ありがとう」

 しみじみとお礼を言うマリヤを見て、彼女は変わったとコーリャは密かに思った。

 記者は、オレグとコーリャを送っていくと言った。珍しい組み合わせだが、コーリャとオレグは馬が合っていた。コーリャ相手だとオレグはかっかせず、落ち着いて話すことができた。

 とぼとぼと歩きながら、コーリャが呟いた。

「ロシアに来てから、一生分びっくりしたり悲しんだ気がする」

「これで一生分なら、このまま居着いたら破裂しちまうぜ」

 オレグがからかう。

「皆、大変なんだね」

「その通りだ」

 記者が厳しい顔で言った。

「君たちはまだましな方だよ。子どもたちの中には、ロシアでもっと悲惨な仕打ちを受け続けている子が大勢いる。例えば、ミハイル。ロシアに連行されてからクレムリンの官僚に五人程の子どもたちと一緒に引き取られ、スパイになる訓練を施された。ウクライナに帰還した子どもに紛れ込ませ、ウクライナの情報収集をさせるためだ。他の五人の子は皆訓練の過程や脱走したりなどで殺されたが、ミハイルは生き延びてスパイとしてウクライナに帰国した。ウクライナの警察に逮捕されたが、未成年だから大したペナルティは科せられなかった。ロシア側は彼の送還を要求している。戻ってきたら最後、消されるか、また何度でもスパイとして潰れるまで使うんだろうね」

 重い気分になった。

「またある女の子は、ロシアでの養い親に殺害された。母親はまだ若い女でね、助成金目当てで彼女を引き取ったはいいが、貰った金の倍以上の養育費がかかることに気づいていなかった。そして、彼女を育てていくことに疲弊した末に、風呂に沈めて溺死させた。警察には、あんな子を引き取るんじゃなかったと終始泣き言と言い訳ばかり繰り出していた。殺された女の子は、名前さえつけられていなかったそうだよ……」

 皆、ひどい目に遭ってるんだ。当たり前のことかもしれないけど、コーリャには今までそうした子たちに目を向ける余裕もなかった。仲間と呼ぶにはつながりが弱すぎる、ただ生まれた国が同じだけの子どもたち。でも、今のコーリャには家族のように近く感じられる同志だ。皆、幸せになりたくてもなれなくて、それぞれの地獄の中で一生懸命戦っている。マリヤも、シロンも、アリーも、ベグだって。オレグやフョードルもそうだ。

「そんな子たちに比べて、君たちは運が良いよ。神に感謝するべきだ」

「だけど、俺たちは」

 オレグが抗議の声を上げた。

「俺たちだって、満身創痍だ」

 マリヤの顔に残る、酷たらしい切り傷。仲間たちの心に刻みつけられた、新しく増えていくばかりの生傷。

「僕たち、傷をなめ合う仲間がいるね」

 コーリャが呟いた言葉に、オレグはうなずいて同意した。記者は何も答えなかったが、否定もしなかった。


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