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第13章 2 逃げ出した車

 警官に連れられて出てきたコーリャを迎えたのは、ドミトリー、オレグ、マリヤ、それに杖をついた見知らぬ老人だ。腰がかなり曲がって、立っているのも辛そうだ。右隣に寄り添うオレグが手を貸している。左隣のドミトリーは緊張の面持ちで署内をちらちらと観察していた。こういった場所にくるのは初めてなのだろう。マリヤが堂々とコーリャだけを見つめているのと対照的だ。オレグは、十歳頃の記憶を思い起こした。逮捕された義両親が反戦活動家だったせいで、何も知らなかったオレグまで何度か警察署に呼び出された。不愉快な思い出だ。生まれのこともあって、警官はいつも子どものオレグをスパイ呼ばわりして脅した。


 警官たちは老人の顔を知っていた。少しの質問をしただけで警官側から切り上げた__何しろ、一つの質問に答えてもらうだけで、オレグの通訳が必要なのだ。コーリャはオレグの又従兄弟だと説明された。コーリャは愛想笑いを浮かべて同意した。


 釈放されて署を出たコーリャに、フョードルと名乗った警官がついてくる。タクシーを呼ぶオレグが気がかりそうに振り向いた。

「本当は、親戚でもなんでもないんだろう?」

「まさか」

 コーリャは笑ってみせる。いやだなあ、嘘なんかついていませんよ。

「僕は正真正銘、オレグのはとこです」

 警官は眉をひそめた。

「だが、君はウクライナから来たと言ったじゃないか! あれは嘘だったのか……?」

 オレグが近づいてきて助け舟を出した。

「俺もウクライナ人です。じいさんとは血がつながっていません」

 警官が目を見開く。

「まさか、あのご老人がウクライナ人を引き取るなんて……?」

「俺を養子にしたのはじいさんの息子です。父親に反発して活動家になった夫婦だ。父さん母さんが逮捕された後、戸籍上は俺がじいさんの孫になっちまってたから、じいさんは俺を育てる羽目になった。それだけです。……あんたら警察は、とっくに知ってると思ってたけど」

「僕は最近赴任したばかりでね。……育てる「羽目」、か」

 唸る警官を反抗的な目で睨むオレグ。

「俺が、拾ってくれとじいさんや親父に頼んだ訳じゃない。じいさんは俺なんて本当は要らなかった。双方にとって不幸でした」

「何か利益があったんだろう」

 警官が苦々しげに呟いた。

「まあ、じいさんは俺にソビエトの話が出来て満足だったでしょうね」

 オレグの祖父は筋金入りのソビエト信奉者なのだ。

「オレグ、コーリャ」

 オレグの祖父をタクシーに乗せたドミトリーが呼んだ。

「行こう」

「うん……あ、マリヤは?」

 マリヤは近くにいなかった。彼女の姿を探した二人は、駐車場に停まっていた車が逃げるように発進したのをぼんやりと見送った。古い型のクロス・セダンだ。今し方入ってきたばかりの車なのに、もう出て行く。何をしにきたんだろうと警官も呟く。


 車がいなくなってから、誰かが地面にうずくまっているのが見えた。嫌な予感がしてコーリャは駆け寄った。


 マリヤだった。


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