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第2章 3 新しい家族

 フョードル、マリヤ、ミハイル、オレグは、新しい家で初めてのロシア式クリスマスを迎えていた。



 フョードルの家には既に子どもが五人もいた。狭いアパートの一室に押し込められた兄弟は、新入りを敵意と好奇の目で迎え入れる。そのうちの二人が十歳のフョードルよりも年上で、残りの三人は弟妹である。末っ子に至ってはまだ一歳だ。兄に頬をつねり上げられ、その度に末っ子は号泣した。すると同居していた祖母が箒を持って子供部屋に飛び込み、意地悪をした兄と喧しい末っ子を容赦なく叩くのだった。


 フョードルだって泣きわめきたかった。


 一家の中で、誰一人フョードルを歓迎していないようだ。低賃金で工場で働いていた父親は、機械に巻き込まれて指を飛ばしたばかりだ。そのためしばらく仕事場を休む羽目になり、自宅で酒を飲む日々を送っている。そうなると母親が働きに出なければならないのだが、子どもの世話で疲れた彼女はその上働きには行きたくないと主張していた。体が完全に閉じこもり生活に慣れてしまっている。朝早く支度して出勤し、夕方に帰ってきて子どもの面倒を見つつ家事をするのはどう考えても無理筋だ。


 そんな中で養子をとったのは、彼がもたらす金に希望を見出したからに他ならない。養子縁組をするだけで一時金が貰えるだけでなく、その子を代わりに働かせれば家計が随分と助かるではないか。実の子どもに働けと命令するのは心苦しいが、養子ともなれば結局は他人なのだ。神だって悪くは思うまい。


 数多いる子どもたちの中からフョードルを選んだのは、その中で彼が一番年上だったからだ。十歳ならば新聞配達でも何でも働ける。そんな期待をこの義両親はフョードルに包み隠さず話した。


 元々ロシア語ができるフョードルは、ハーニャと違って苦もなく会話を理解した。聡明な少年であるので、文句を言っても無駄だと分かっていた。クリスマスには、フョードルを含めた六人の子どもたちに大袋入りの飴が配られた。新しい家に来てからすぐにアルバイトを始めたフョードルが稼いだ金より、遙かに安いお菓子である。しかし、義母はフョードルにもっと働くようにと叱りつけた。今の稼ぎでは、六人の子どもと三人の働かない大人たちを養うのに到底足りなかった。



 マリヤの家も似たような家計状態であった。ただ、マリヤの義兄弟はいなかった。マリヤの義父母は先だって幼い娘を亡くしたばかりで、悲嘆を乗り越えつつあるところだった。義父はウクライナ帰りの兵士である。両人ともマリヤを歓迎し、彼女が実の娘と同じように愛らしく振る舞ってくれることを期待した。義父がウクライナから持ち帰った宝飾品や電化製品を売ったお金で、マリヤに服と靴、ゲーム機を買った。マリヤも、誰の物であったかも知れない真珠のネックレスを首に飾った義母も、義父の贈り物で喜んでいた。


 ミハイルはそれほど好待遇を受けた訳ではなかった。ミハイルの義父となる男は官僚でそれなりの財産を持っていたが、初手から甘い顔はしないとばかりにミハイルに厳格に接した。連れてこられたのは義父母の家ではなく学生寮のような施設だった。まだ三歳のミハイルを三人部屋に押し込み、二人の実子が待つ家に帰っていった。施設を出た義父の頭にあるのは、子どもたちに買ってやるプレゼントのことだけであった。



 オレグの新しい両親は、彼をウクライナから来た可哀想な子どもとして扱った。クリスマスにはジェド・マロースではなく聖ニコライに紛してささやかなプレゼントを与え、ウクライナ料理を作ってオレグに振る舞った。両親は、クレムリンを憎む反戦活動家である。オレグという可哀想な子どもを引き取ることで、ささやかな償いをしようと考えていた。政府の言いなりの一般市民に引き取られるよりは、この子は遙かに良い人生を歩めると信じて疑わない。

 オレグの新しい父親は、ソビエト連邦を愛する名士である父__オレグの祖父にあたるような人物とは不仲であった。クリスマスにだけ、くどくどと説教を連ねたポストカードが送られてくるが、オレグの父も母も、まともに読んだことはない。

 ベゲモートは子どもたちを捌いた施設にたった一人残っていた。秋からクリスマスにかけて一人、また一人と引き取られていったが、ベゲモートだけが売れ残ってしまった。最初は優しく慰めてくれた施設の職員も、今はどことなベゲモートを疎んじているように思えた。

「やっぱり、この子だけ残るわねえ」

 エプロンをかけた女の職員が、頬に手を当てて溜息をつく。彼女の本職は孤児院のスタッフである。普段からロシアの孤児たちを山ほど抱えている。

「お客様が言うように、器量が悪いせいだろうね」

 じろじろと無作法にベゲモートの顔を観察しながらもう一人の職員が言った。ベゲモートは孤独に車の玩具で遊んでいる。他の子どもが居た頃は取り合いになってとても手が届かなかった一品である。

「しっ、聞こえるわよ」

「構いやしないよ。どうせロシア語は分からないんだから」

「そうだっけ? ならいいや」

「あんたの施設で育てたら?」

「冗談じゃない。ただでさえ子どもで満員なんだよ」

「でも、お金が貰えるよ」

「馬鹿だね、あれは養子縁組した時だけなんだよ。あたし、ちゃんと調べたから知ってるんだ。__養子にするなら、もっと可愛い子がいいと思わない?」

「仕方ないな。次を待つか」

 ベゲモートはドンバス出身で、両親もロシア語話者であった。彼の母語はロシア語なのである。

 子どもたちの新しい人生は既に始まっている。今は戸惑っている子どもたちも、次第に慣れていく。



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