第12章 7 アリー
ジナイーダが噛みつくように彼女に問いかけた。半眼で睨まれ、アリーは竦んだ。だが……
「コーリャ、行っちゃ駄目!」
ジナイーダが氷のように冷たい声で言い返す。
「どうして? わたしを家に送ってくれることの何がいけないの?」
「それは……」
マリヤやシロンに聞かされていたことがある。ジナイーダは怪しい。コーリャを必要以上に彼女に近づけては駄目だ。何故なら……
「どうしてコーリャが、ジナイーダ……さんのお父さんに会わないといけないの。コーリャがお父さんを説得できると思う? ジナイーダを誘拐したんだと思われたらどうするの」
ジナイーダは、父親とコーリャを会わせたがっているはずだ。何通も手紙を投函し、コーリャがのこのことモスクワまでやってきてからは直接誘いをかけて。だが、コーリャはジナイーダの両親に会ってはいけないのだ。
手紙__可愛らしい便箋に書かれた恐ろしい内容を、アリーも確かに昨夜目にした。ジナイーダと幾夜も会っているコーリャが危なっかしく思えたし、彼のまだ眠っている好奇心を満たすためだけにモスクワに連れて来たマリヤが信じられなかった。そして、同じ時に手紙を読んだのに、アリーとは対照的にジナイーダとコーリャの邂逅を面白がって笑うベグにとてつもなく腹が立った。
文面は、今もはっきりと覚えている。
『あなたはわたしの父、セルゲイ・アカトフに会ったことがありますね。父はあなたが今まで父親なしで頑張ってきたことに、大変感動しておりました。そして、あなたのことを父親として支援したい、今からでも家族になりたいと言っております。
単刀直入に言います。わたしの家に来てください。父があなたを待っています。実の子どもとして迎える準備もできています。
理由は勿論、おわかりですね。あなたが、父アカトフの隠し子だからです。あなたは、アカトフと、あなたのお母さんの恥の子です。わたしは、その事実を知っています。隠したり、嘘をつこうとしないでください。
そして、あなたのことはきょうだいのように大事に思うつもりです。どうか、わたしたちのところに来てください。わたしの代わりに、父を愛してください。お返事待っています。
追伸 もしこの手紙を読んでも答えてくれないのならば、こちらにも考えがあります。わたしはあなたのことを知っています。お母さんが非業の死を遂げたこと、とても可哀想だと思っています。あなたが、彼女の二の舞にならないことを祈るばかりです。
ジナイーダ』
__コーリャの困惑した目と、ジナイーダの冷たい目に見つめられるのは怖い。だがアリーは立ち向かった。マリヤに頼まれていたから。アリーもコーリャが心配だから。
「い……いかないで。コーリャまで出かけたら、わたしはどうなるの?」
コーリャは頭をかいた。
「そうだったね……三人とも出かけちゃった」
ジナイーダがつんとした声を出す。コーリャの腕を掴んで。
「あなたは、一人じゃ何もできないの?」
挑発されているのだ。マリヤやベグなら、かっとなってのせられる。だがアリーは思慮深く発言する術を心得ていた。
「そうなの。コーリャがいないと怖くて仕方ない。夕方になったら、マリヤやシロンが帰ってくるわ。マリヤにも話してもらった方が説得しやすいと思う」
「あのインラン?」
ジナイーダは失敗した。コーリャが、彼女の見ていない角度で、顔をしかめたのだ。いくら彼女に夢中でも、友達の悪口は聞き逃せないらしい。
アリーは少しほっとした。ねえ、マリヤ。マリヤはコーリャに愛想尽かしかけてたけど、彼の心はまだこっちに残っているよ。まだ、マリヤのことも大切に思っているよ。
コーリャがさりげなくジナイーダの手を振りほどいた。
「そうだね。夕方まで待とう。マリヤの意見も聞きたいし」
「じゃあ、いいわ」
ジナイーダはアリーを一瞥し、部屋を出て行こうとした。
「次は公園じゃなくて、この家にくるわ。いいでしょ?」
「うん、でも……」
「さよなら」
玄関の扉を荒々しく閉めて、彼女は行ってしまった。




