第12章 1 オレグ
その翌夜も、コーリャはシロンを誘ってアパートを出る。
「ジナイーダに会いに行くんだね?」
マリヤはもう諦め顔だ。
だが、その日彼女はいなかった。代わりに、昨日こしらえたあざがまだ額に残るドミトリーと、腕に包帯を巻いた友人のオレグが待ち構えていた。
「やあ」
恐る恐る近づくコーリャたちに二人は手を振って応じた。
「また決闘?」
シロンが尋ねると、ドミトリーは首を振る。
「今日はジナイーダの使者だ。彼女、お父さんに夜間外出が見つかったらしい。しばらくは来られないよ」
コーリャはがっかりした。
「しばらくって、どれくらい?」
「さあ」
ドミトリーはそっけなく肩をすくめた。その横のオレグが、シロンに向かってこっそりと目配せする。__お互い大変だな。
そのまま帰るのも味気ないと、誰からともなくベンチに腰掛けた。四人が身を寄せ合って一つの(狭い)ベンチに収まると、不思議な気分になった。つい昨日までは全く存在を知らず、その上ジナイーダを取り合う敵同士なのに、こうして全く距離もなく黙りこくって座っている。
「君たちは、家を抜け出して大丈夫?」
シロンが聞くと、ドミトリーはうなずいた。
「僕は一人暮らしをしてるんだ。だから、門限はないよ」
「高級な別荘に仕送りつきでね」
オレグが付け足す。シロンたちが目を丸くすると、ドミトリーは照れた。
「一流の大学に入る勉強をするために許してもらったんだ」
「なのに夜遊びしてるんだ」
コーリャは笑い出す。
「オレグ君は?」
「俺は……ボケ老人と二人暮らしだから」
オレグは苦々しげに吐き捨てた。
「最近やっと、俺と他人の区別がつかなくなってきた。長年耐えた甲斐があったってもんさ」
「お祖父さんのこと、そんな風に言っちゃ駄目だよ」
「血もつながってない鬱陶しいじじいに、どうやって愛情を持てと?」
ドミトリーは少し驚いて、毒を吐く友人の横顔を見つめている。
ドミトリーとオレグは同じ学校、同じクラスの親友同士だ。二人とも成績は学年でトップを競える程に優秀である。品行方正で誰からも好かれるオレグに、やはり同じように学校の顔を自負するドミトリーが話しかけてから友情が始まった。オレグと歩いていると誇らしい気持ちになるし、時折自分だけに悩みを吐露してくれるのが、ドミトリーは好きだった。悩みと言っても、躓いた科目があるとか、好きな女子に思いを伝えられないとか他愛のないものばかりだ。普段はドミトリーの愚痴を彼に聞いてもらっているのだが、同じような悩みをオレグも持っているのだと分かるのが嬉しかった。またドミトリーが衝動的に思いつく芝居がかった行動に付き合ってくれるのも彼だけだ。
オレグの祖父も、学校や市に定期的に寄付をする名士として有名だった。今はないソビエトに深い忠誠の念を抱いている闊達な老人は、しばしば学校の特別授業に招聘された。オレグは決してドミトリーも他の友人も家に呼んだことはないので、彼と祖父の関係はよくは知らない。だが、今のように憎しみのこもった口調で罵るのを聞いたのは初めてだった。
「良いおじいさんだと思うけど」
おずおずと反論したドミトリーを、オレグは鼻で笑う。
「だったら、お前が一緒に住んでみな、ドミトリー。一日で殺したくなるぜ」
「やめなよ」
シロンが静かに言った。
「死んで欲しくない時にだって、家族は消えることがあるよ」
コーリャはベンチの端でこっそりうなずいた。
オレグがむっつりと黙り込み、訪れた重い沈黙をドミトリーが破った。
「君たち、ニュースは見てる?」
「アリー関連は押さえてるよ」
脅迫状の主は未だに捕まっていない。ベゲモートではないかとマリヤが問いただしたことがあったが、彼は否定している。
「あいつのことはどうでもいい。どうせ、今はわめいてる母親だって、じきに新しい子どもを見つけて祭り上げるさ」
それより__とオレグは声を低める。
「タチアナ・コヴァーリだ」




