第11章 5 一番の願い
公園での再戦でも、決着はつかなかった。記者は公平な審判だったが、全員が疲れて倒れてしまっては勝敗もない。
「明日続きやる?」
ドミトリーが力なく首を振る。「決闘はもういいや」
「じゃあ、ジナイーダと会ってもいいの?」
「それは嫌だ。けど、僕には止める資格はないよ」
「情けない男だな。堂々と彼氏面してやりゃいいじゃないか」
マリヤはいつでも挑発的だ。負傷したオレグをベグが遠巻きに窺っている。オレグは敢えて無視を貫いた。
コーリャは、オレグに近づいた。
「君は、ロシア人じゃないの?」
オレグは警戒して後ずさる。
「何故そんなことを聞く?」
「さっき、ベグに怒ってたでしょ。ロシア人と一緒にするなって。ベグも僕も__マリヤもアリーも、ウクライナから来た」
オレグが目を瞠った。
「アリアズナのことは知ってた。胡散臭いプロパガンダを垂れ流す奴だ」
「彼女のせいじゃないよ。親が悪いんだ」
アリーの名誉のために、コーリャは何度でも訂正する気でいる。
「君は、もしかして……」
「そうだよ。俺は__っ、ウクライナ人だ」
「やっぱり!」
コーリャが無邪気に喜ぶ様を見て、かちかちにこわばったオレグの顔が少しずつ和らいでいく。
少し離れたところで、記者がアリアズナに頭を下げる。
「この前は、君に不快な思いをさせた。申し訳ない」
「いえ……全部、事実ですから」
「それでも、あれは正しい取材ではない。記者失格だ。君をやりこめたい一心で道理が見えなくなっていた」
「わたしもです。自分を守るのに必死で、ベグのような子の存在に気づかなかった」
「君のモスクワでのご家族は、随分心配しているね。家に帰るつもりは?」
「ありません」
聞き耳をたてていたベゲモートやオレグが口笛を吹いて囃した。
「わたしはもう、動画配信者のアリアズナには戻りません」
「そうか。……逃げおおせるのは難しいよ」
「分かっています」
アリーの目には、今まで隠れていた強い光があった。
「一つ教えてくれ。本を書くために取材したウクライナ人の子に、必ず聞いていた質問なんだ。あなたの、一番の望みは?」
アリーは少し考えてから答えた。
「誰にも注目されないことです」
一番の願いは__? その場にいた皆が自分に置き換えて考えた。シロンとベゲモートが家族のことを思い浮かべた。ドミトリーと、コーリャはまたジナイーダの美しい姿が頭をよぎった。オレグは、心底毛嫌いしている同居の義祖父を想像の中で追い出した。マリヤは、今この時間がずっと続くようにと密かに願っていた。
アリーのことは誰にも内緒とドミトリーたちに頼む必要はなかった。ドミトリーは神聖な儀式を目撃した正教徒のように厳かな顔つきをしていたし、オレグもじっと考え込みながらコーリャと握手した。少し遠い地区から来た二人のことは記者が送っていった。




