第10章 7 約束
目の前に、全身黒ずくめで固めたジナイーダが立っていた。コーリャが慌てるのを見て彼女は笑う。ますます高鳴るコーリャの鼓動。
「こ、こんばんは」
「ええ」
「えっと、こ、ここに座る?」
「ええ」
ジナイーダはコーリャの隣に足を揃えて座った。今夜の彼女は、長い髪の毛を束ねていた。すっきり顔と首のラインが露わになっていて、コーリャの目は釘付けになった。
「コーリャ……昼間はごめんなさい。わたし、あなたがあまり急に来たものだから驚いちゃって」
「気にしてないよ」
コーリャはすぐに答えた。
「あと、照れちゃったの。ずっとあなたに会いたいと思ってたから……」
ジナイーダは、コーリャの顔をじっと眺め回しながら、そっと手を取った。彼女の細い指がコーリャの手に絡みつく。
「あの手紙……どうだった?」
「えっと」
実はまだ内容を読んでいない。恐ろしい、とても口に出せるものじゃないとマリヤはくさしていたけれど。実はジナイーダの純粋なコーリャへの誘い文句だったんじゃないだろうか。
「……あれを読んだから、僕は……君に会いに来た」
「そう」
ジナイーダは微笑み、握ったままのコーリャの両手を揺らした。
「じゃあ、これからわたしの父さんに会いに行きましょう」
コーリャはうっとりと彼女の声に聞き入りながら……首をひねった。
「君のお父さんに? 何で?」
ジナイーダもきょとんとする。
「手紙、読んだんでしょ?」
嘘をつくことに慣れていないコーリャの良心が痛む。その一瞬の逡巡でジナイーダは思い違いに気がついたようだった。さっとコーリャの手を放し、きつい口調で彼をなじった。
「騙したのね。本当は手紙を読んでない。そうでしょう?」
「僕……いや……まあ、確かに僕は読んでないけど……」
「あなた、まさか、誰かにあの手紙を見せた?」
ジナイーダはコーリャに顔をぐいと近づけ、叫んだ。
「信じられない! 誰にも見せるなと書いたでしょう? なのに、何故」
「だって、僕はロシア語が読めないから」
「そんな……じゃあ、どうやってここに……」
しかしジナイーダはすぐ答えに辿り着いたようだ。
「そうか、昼間一緒にいた女の子ね? いかにも不良みたいな娘」
「そう……だけど、あの子は僕を心配して」
「あの子を排除して。できないのなら、わたしがやるわ。あの子一人でここに来させてちょうだい!」
「そんなこと、できるわけないよ」
コーリャは思わずむっとして言い返した。
「マリヤが僕を連れてきてくれたんだよ。何だかよく分からないけど、僕と君が会った方がいいって!」
「へえ、マリヤって言うんだ?」
ジナイーダはマリヤのことしか頭にないようだった。
「わたし、その子にすごく会ってみたいな。連れてきてよ、明日の夜にでも」
「彼女に会ってどうするの?」
ジナイーダの勢いは普通じゃない。少し不気味に感じながらコーリャは尋ねた。
「いつもと同じことになるだけよ」
ジナイーダは急に顔をひどくしかめ(でも可愛らしい)、立ち上がった。
「待ってよ。君が何をするつもりなのか、さっぱり分からない」
「わたしはただ、あなたと仲良くなりたいだけ。あなただけとね。他の人はいらない」
「マリヤは仲間に入れてくれないの?」
「仲間?」
彼女は鼻で笑う。
「仲間なんてわたしにはいないの。今までも、これからも」
「あと、もう一つ。手紙を読んでなくてごめんね。君のお父さんがどうしたの? 僕に力になれることがあれば……」
「じゃあ、明日もここに来て」
ジナイーダは小指をコーリャの前に突き出した。
「わたし、もう我慢したくないの。だから約束して。明日の夜も、ここで」
「約束する」
後で「早計だ」とベゲモートやマリヤが怒るようなことをコーリャはした__マリヤの小指に自分の小指を絡め、厳粛に誓ったのだ。
「僕、君の味方になるよ。だから、明日もここで会おう。死んだ母さんと、どこかにいる父さんに誓うよ」
ジナイーダは口の両端をつり上げて笑った。




