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第9章 4 ニュース

 アリアズナが姿を消したというニュースは、既にテレビで報道されている。翌日早速バイトを探しに出かけたマリヤとコーリャが、斡旋所のテレビを見て知ったのだ。配信者としてのアリアズナは相当な有名人らしく、彼女の失踪に番組の一コーナーが割かれていた。


 テレビ局が報道したのは、彼女が昨日から家に帰ってこず、電話にも出ないこと。彼女の事務所が警察に相談したこと。そして、彼女の動画がロシアの子どもたちに与えた影響への称賛だけだった。

「かなり大ごとだな」

 マリヤが囁いた。斡旋所の受付で貰った小さなプレートに、一日限定のアルバイトの詳細が書かれている。朝から夕方までのショッピングセンターの売り子だ。日給の額も悪くない。二人分の募集をかけていたから尚更好都合だった。知らない町であまり離ればなれにはなりたくない。

「もしシロンの家が見つかったら……」

「まだ考えるな。顔もしっかり隠していたんだし、そう分かりゃしない」

 だが、マリヤが心配しているのはあの記者だった。アリアズナの昨日の足跡を警察が正しく辿っていけば、記者が重要参考人として呼び出されるのはほぼ間違いないだろう。誘拐犯と思われたらたまらないから、彼もマリヤとコーリャのことを正直に話すだろう。そこからぼろぼろとマリヤたちの犯罪が暴かれたら?


 イルクーツクで警察に逮捕されたことは何度もある。万引きでへまをした時や、グループ同士の抗争で大人を巻き込んだ時だ。あの時は、長年暮らした町で、警察も義両親の顔を知っていたから、いつも大して咎められなかった。だけど、何の後ろ盾もない今、警察に目をつけられたら……


(やめやめ、気が重くなる)


 コーリャは既に、元来の呑気さを取り戻して鼻歌を歌いながらテレビを眺めている。アリアズナの話題はとっくに終わり、キャスターはつまらない世界情勢を憤りのこもった口調で読み上げていた。名物キャスターの彼女は、マリヤも幼い頃から何遍もテレビで見ていた。養父母は盗んできたテレビを苦労してロシアの電波につなげ、映像がきれいなことにえらく感心していた。


 続報を耳にしたのは、ショッピングセンターで働いているお昼時のことだった。吹き抜けの広間に備え付けられた大きなテレビに、でかでかとアリアズナの写真が映し出され、コーリャは思わず注文のアイスクリームを落としそうになった。


 アリアズナが行方不明になった事件(まだいなくなって一日も経っていないのに!)に対して、犯人と思しき人物から脅迫状が届いたという。手紙が届いたのは今日の10時頃、アリアズナの自宅のポストに直接投函されていた。脅迫状を放り込んだ人物は分かっていない。


 手紙の中身を知ることはできなかったが、「アリアズナ・クラブ」について言及されているとだけキャスターは言った。クラブへの説明は簡単なものだ。アリアズナが立ち上げた、恵まれない子どもたちのための慈善団体と。


 コーリャはあの記者が糾弾していたことを思い出す。詐欺のような会費の集め方をして、結局何の活動もしていない。今もアリアズナを信じて会費を払い続けている純真な子どももいる__。


 脅迫状を出したのは、クラブの不誠実な活動に憤りを感じた会員なんだろうか。だけど、アリアズナは確かにコーリャたちが匿っていて、誰の悪意にも晒されていない。警察の目をコーリャたちから逸らしてくれるのはありがたいけど、そんな嘘をついても何の利点もないのに。


 バイトが終わって、手渡しで貰った給料を二人はありがたく受け取った。マリヤの財布は既にぎっちり金が詰まっていて、働いている間に別の稼ぎ方をしたんじゃないかと嫌な予感がした。

「買い物もしないとね」

 マリヤに連れられ、コーリャは飲料水や保存食やカイロ、変装用の度が入っていない眼鏡などを買った。マリヤは女物の下着やシャンプーを率先して選んできた。

 シロンの家に帰ってから、テレビで仕入れた情報を留守番のシロンたちに話す。動画サイトを開いたことがないシロンはアリアズナが有名人であることにピンときていなかったが、アリアズナ本人は青ざめてコーリャの話を聞いた。

「お母さんは、今日の動画を撮れないことに腹を立ててるんだわ。だから、警察に通報したのよ」

「動画の心配しかしてないの? 随分冷たいね」

「お母さん……は、やり手だから」

 アリアズナは言葉選びに苦戦しているようだった。

「コンテンツのプロデュースに人生をかけているの」

「そんなお母さんの所に帰りたい? あんたの好きにすればいいけど」

「やだ」

 アリアズナははっきりと言った。

「じゃ、しばらく籠城だね。そういや、脅迫状なんて出してきそうな知り合いはいる?」

「沢山……いる」

 アリアズナは恥じ入ったように顔を赤らめた。

「昨日石を投げてきた子……あの子も、アリアズナ・クラブの会員だったと思う。まだクラブが発足したばかりの時、おばあさんに連れられて会いに来たことがあるから、覚えていたの。会員代表にあの子が選ばれて、花束をわたしにくれたのよ……」

「じゃ、あの子もウクライナ人だ」

「そうだと思う」

 黙って聞いていたシロンが尋ねた。

「アリアズナ・クラブって何?」

 アリアズナ自身がおずおずと説明する。

「ウクライナから来た子どもたちのロシアへの融和と愛国心を高めるためのクラブよ。わたしが団結を呼びかけて……わたしの名前をつけたの。でも、会費だけ貰って活動は休止しているから……詐欺だと言われても当然だと思う」

「会員資格が、ウクライナ人であることなの?」

「そう。ロシアには、ウクライナから来た子どもがまだ沢山いるから」

「あたしも、その一人だ。コーリャもね」

 マリヤが堂々と言った。

「さあ、どう思った? シロン。あたしたちを憎むかい?」

「僕はロシア人じゃないよ。両親ともタタール人だから」

 シロンは、モスクワの前はカザンにいたのだと言う。

「だから仲間だ、なんて言わないよ。あんたの国は少なくともずっとロシアじゃないか」

「だけど、僕はずっといじめられてきた」

 シロンは穏やかな声で反論する。おや、とコーリャは気づいた。いつの間にか、シロンはマリヤとしっかり向き合うようになったみたいだ。

「僕のこの顔を見なよ。どう見てもスラブ民族じゃない。あなたみたいに強くて、しかもスラブ人の顔をした子よりずっと僕は迫害されてきたよ。母さんだってそうだ。モスクワに来てから、ずっと苦しんできた。タタール人同士のコミュニティも、僕の同級生の嫌がらせのせいで追い出された。あなたにそっくりな女の子も、いじめられるアジア人を嘲笑って写真を撮っていたよ」

「だからって、抵抗できなかった鬱憤をあたしにぶつけないでほしいね。あたしが強い? スラブ人の顔だからあんたよりずっとましだった? 不愉快な言い方。あたしがイルクーツクのスラムで何を見てきたか知らないくせに!」

「やめて、二人とも。言い過ぎだよ」

 コーリャは止めた。

「どっちも辛いよ。比べられないって」

 その瞬間、激しい音と共に、窓のガラスが割れた。アリアズナが悲鳴を上げる。コーリャは思わず窓に駆け寄って、床に落ちた破片を踏んでしまった。


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