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第8章 11 アリアズナ・クラブ

 アリアズナはそれには答えなかった。真っ白な、粉の吹いた顔を両手で覆い、首を横に振った。

「昔の動画は……消してもらったはずです」

「その通り。だから、こうして紙で残した。中身はタイトルを見れば大体思い出せる。例えば、昨年11月15日。この日の動画は君がボルシチを作るだけの内容だ。その翌日は、君の学校で起きた深刻ないじめについて。被害者の容姿や性格を非難する内容だったことから、君自身がいじめに加担しているのではないかと物議をかもし、後に削除された。写真を撮っておいてよかったよ。君のチャンネルは投稿数が多いが、削除された動画も非常に多い。これは君の希望だろうか? それとも、マーケティング上の戦略か?」

 記者はよどみなくアリアズナに向かって話し続ける。返事などは期待していないようだ。「君の主張は物心つかない頃から一貫している。ロシアは素晴らしい。ウクライナはネオナチ国家だ。自分はロシアに来られて運が良い。そうだね?」

 申し訳程度にアリアズナに確認しながら、記者は弁舌を振るう。コーリャははらはらしていたし、マリヤは密かに眉をひそめた。気に食わない。

「今日特に君の意見を聞きたいのは、アリアズナ・クラブと称する団体の運営に関してだ。昨年の2月24日に、アリアズナ・クラブは発足した。ウクライナからロシアにやってきた子どもたちの交流の機会を設けることを活動意義に掲げた有料会員制の組織だ。名前から明らかであるように、アリアズナ、君自身が主宰者を努めている。初期の宣伝は成功を収め、発足後から現在の活動休止状態に陥るまでに実に千人以上の会員が集まった。会員費は月に100ルーブル、入会料が300ルーブルだ__」

 アリアズナが言葉にならない声を漏らした。一口もつけていない彼女のジュースの水滴がテーブルに水溜りを作っている。

 記者は身を乗り出した。

「しかし、このクラブが謳い文句通りの交流の場を提供した事実はない。入会特典すら、催促をした一部の会員にしか届いていない。しかもその特典は君の名前がプリントされたTシャツといった、十ルーブルで作れるような代物だ。定期的に更新すると約束された会員限定のネットコミュニティも、昨年3月末を最後に途絶えている。もう一年以上が経ったが、君をまだ信じている子は未だに、見返りのない100ルーブルを払い続けている」

 淡々と記者は詰る。侮蔑の目を可愛い少女に向けて。

「何人かの賢明な子は、君の事務所に問い合わせた。しかし、返事が返ってきたことはない。君は、アリアズナ・クラブに入会した子に対してどう思っているのかな」

 いたたまれなくてコーリャはアリアズナから目をそらした。マリヤが黙って腕時計を見せてきた。 

 __2時40分。

「彼らは皆、君のようにウクライナからロシアに連れてこられた犠牲者たちだ。騙される方が馬鹿だと見下しているか? 同じ立場の子どもたちの交流という文言にあれだけ多くの子が惹かれたのは何故だと思う? 私に相談してくれたある女の子は、クラブの再開を願って毎日サイトをチェックしているそうだ。君の、無責任な活動の為に傷ついた子が今どれだけいるか想像できるか?」

 アリアズナは、震えながら声を絞り出した。

「……知りませんでした」

「それは通用しない!」

 記者が声を荒げた。「義母の操り人形だろうと、あのクラブの代表者は君だ。毎日カメラの前で素晴らしい熱弁を振るっている君のことだから、謝罪の言葉も考えているんだろうね?」


 とうとうアリアズナは顔を押さえて泣き出した。記者の険しい表情は揺らがない。尚も言葉を重ねようとしたその時、アリアズナが立ち上がった。脱いだ帽子とマスク、小さなブランド物のバッグをかき集め、脱兎のごとくカフェを飛び出して行った。


 すぐに動いたのはマリヤだ。記者を恐ろしい目で一睨みして、アリアズナの後を追いかけて行った。置いてけぼりのコーリャの横で、記者が息をついた。

「やれやれ!」

 自分の過激な言葉を反省しているようにも、逃げ出したアリアズナに呆れているようにも見える。

 このまま記者と待っていても、マリヤたちが戻ってくるとは思えない。

「あの、僕……」

「ああ、もういいよ。引き留めて悪かったね」

 記者はちらりと笑った。

「君のことも本当はよく知りたいけど、今はそんな場合じゃなさそうだ。名刺を渡すから、また連絡してくれないか」

「携帯、持っていないんですけど」

「公衆電話でも、ネットカフェでも使えばいい。……ジュース、飲んでってくれないか?」

「あ、どうも」

 最後まで減らなかったジュースをゆっくり飲み干してから、コーリャはカフェを出た。

 外に出た途端、マリヤに腕を引っ張られた。


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