第1章 4 シロン
一方で、ロシア国内にも子どもたちは少なからず存在している。その中の一人、まだ赤ん坊のシロンは幸運にもまだ母親の腕の中である。
母親が向かうところにシロンも問答無用で随行する。寂れたモスクだ。がらんどうの聖域の中で、スカーフを頭に巻いた母親は夫のために祈りを捧げている。無事に戦争から戻ってくるように。またシロンを抱き上げることが、ひげだらけの顔を自分に近づけ、キスすることができるように。
長い祈りの中には、少しばかり打算が含まれている。もし夫が戦死したら、彼女はたった一人で子を育てながら食い扶持を稼がなければならない。体の弱い彼女にとって想像するだに恐ろしい未来である。シロンはそんな母親の苦悩を全く知らず、彼女の胸元の飾りに興味津々である。やがて眠くなり、シロンは甘やかな眠りに入る。眠気は空腹よりも叶えやすい欲求である。
重苦しい昼夜を経て、ロシア行きの列車はついに目的地に到着した。降りろとロシア語で命じられ、ぞろぞろと列をなして子どもたちは駅のホームに恐る恐る足をつける。蟻の行列のようだと兵士は笑いを噛み殺した。
ハーニャとフョードルは、手をつないで駅に下りた。それからしばらくは、一緒に歩くことができた。ハーニャは饒舌ではなかったが、遊ぶのは好きだ。フョードルも無理にあれこれ喋りはしない。母親から習った指遊びを思いつく限り彼女に披露した。
駅の前に、何台ものトラックが停まっていた。子どもたちが乗せられるのだ。年齢や出身地によって乗る車が決められているようだった。ハーニャとフョードルは別々のトラックに分けられた。行く先が違うのだ。しかし、たどり着くところは結局同じである。
別れる寸前、ハーニャが縋るように「お兄しゃん」と泣き声を上げた。フョードルは振り向きかけたが、後頭部を強く小突かれた。彼が列の最後だったのだ。
フョードルは、その時のハーニャが呼ぶ声を忘れたことはない。
ウクライナからロシアへ、人道的に輸送された子どもたち。彼らの中の何人が、今年のクリスマスを楽しめるのだろうか? 聖ニコライがロシアには来ないことを、彼らは知っているのだろうか? 知るはずがない。一分先のことも考えられないまま、トラックは前に進む。そして彼らの背後では、列車は来た道を引き返し、次の子どもたちをロシアに運ぶべくウクライナに向かっている。