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第8章 9 待ち合わせ

「ああ、行った。あたしだけ。よく分からないうちに家族とはぐれて、気づいたら列車に乗っていたんだ」

「3つの時……戦時中だな?」

「そうだったと思うよ。……夜でもサイレンが鳴って、でかい音が響く中逃げ回ってた記憶がある。あまりちゃんと……覚えていないけど。そんで、イルクーツクでは……」

「待ってくれ。ロシアに連れて行かれた時のことを詳しく聞きたい」

 マリヤは腕を組んだ。

「でも、ほんとにあまり覚えてないんだよ。ただ……ばあちゃんが殺されて、親とはぐれて火事の中歩いてたら、大人があたしを見つけた。家族のところに帰れると思ってたけど、いつの間にか列車に乗せられていた。その中には、あたしぐらいの子どもが沢山乗っててびっくりしたっけ」

 男はメモ用紙にペンを素早く走らせる。

「列車を降りてからしばらく広い部屋で寝泊まりしたけど、そのうちあたしらは数十人だけまた列車に乗った。あんまり長いこと乗っていたから、うんざりしたことは今も覚えてる……それから、やっと駅にたどり着いて、ロシアの父さん母さんが家に連れて帰ってくれた……」

 唸りながら思い出そうとするマリヤを男はらんらんと光る目で見つめている。アイスが溶けるのにも気づかないまま。少し不気味だ。

「君は……ウクライナから誘拐され、イルクーツクで育てられたんだね」

「そうなるね。ウクライナに帰った時も同じこと言われたよ」

「帰った? どうやって?」

「慈善団体が、イルクーツクまで訪ねてきたんだ」

 記憶が新しいからか、マリヤは今度は即答した。

「役所の人間と一緒に、ある日急に家に来た。母さんは追い返そうとしたけど、何回もそいつらはあたしに会いに来た。何か小難しい書類を持ってきて、あたしに本当の家族のところに帰れと言ったよ。最初は何言ってんだかって感じだったけど、その人たちはあたしがロシアに来る前の話をしてくれた。本当の家族との思い出とか、あの戦争であたしみたいに沢山子どもがさらわれて、今も沢山の親が子どもを探しているんだとか」

「それは事実だ」

 男が重々しく口を挟んだ。

「1万2千人強の子どもたちが、あの戦争でロシア軍に誘拐された。今もその子たちの大多数の行方がまだ分かっていない。__君は、運が良かったんだよ」

 マリヤは口を歪めた。

「そうかもね」

「私は、そんな子どもたちの現在が知りたくて……ロシアにやってきた」

 男は時計をちらりと見た。

「実は、この後、君たちくらいの女の子と約束していてね……」

「じゃ、あたしたちはもう帰るよ。ご馳走様」

「待ってくれ。君の話がもっと知りたい。そうだな、ホテルを取るからそこに泊まってくれないか?」

「冗談じゃない!」

 マリヤが呆れて怒鳴った。

「あたしに構うのかその女の子とやらに会うのか、どっちかにしなよ」

 男は肩をすくめる。

「両方だ。私は欲張りでね。この後暇かい?」

「忙しいよ」

「もしよかったら、取材に同席してくれないかな」

「はあ?」

 もたもたとアイスを食べていたコーリャも唖然として男を見つめる。

「そんなこと、いいんですか?」

「相手が嫌でしょ、そんなの」

「むしろ、同年代の子がいてくれる方が、舌がほぐれてくれるかもしれないからね」

「まるで拷問する奴みたいな言い方だね」

 マリヤが鼻を鳴らす。時刻は1時半。中途半端な時間だ。断るには時間が余りすぎている。

「気分はそんな感じだよ。なかなか警戒心の強い子でね」

「あたしみたいに?」

「まさか。君の方がよっぽど口が軽いよ。ちょっと頼み込んだだけで、すぐ話してくれた」

 今度こそマリヤは怒った。男の頬をひっぱたいてやらんと立ち上がり手を振り上げた時、扉のベルが鳴った。

 思わず、3人とも入り口の方に顔を向ける。小柄な女の子が恐る恐る中をのぞき込んでいた。スカーフとサングラスでしっかり顔を隠した、謎めいた少女だ。記者がにやりと笑い、手を上げた。女の子は少し躊躇いながら、中に入ってきた。


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