第8章 8 取材
「ねえ。君たちはここで生まれ育ったのかい?」
頑なに微動だにしないマリヤの横で、コーリャは首を振った。これぐらい、いいだろう。
「君は……ウクライナで生まれたのかな? 育ったのは?」
「ドンバスのマリウポリです」
「じゃあ、いつモスクワに来たの」
「今朝……」
「おい」
マリヤがコーリャに厳しい視線を向けた。
男ははっはと陽気に笑った。
「内緒にしておくことが多いんだね。さては、まだ何かやってるな? パスポート偽造か、それとも単に不法入国かな」
咄嗟にコーリャは首を振った。
「じゃあ、聞かせてくれないかな。どうやってこの国に入った? 君たちぐらいの年頃ならもう手続きの概要は分かるだろう」
「あんた、警官? それとも、お役人サマ?」
「違う、違うよ。僕はただのジャーナリストだ。何を知ったからといって逮捕も強制送還もできない」
「なんだ」
「ただし、通報することはできる」
真面目な顔をすると、一層彼は老けて見える。また、恐ろしい敵のようにも。
マリヤがゆっくりと身を引いた。
「脅しているの?」
「後ろ暗いところがある人間は、そう思うだろうね」
男は店員を呼んで、3人分の注文をした。アイスクリームを3つ、追加で頼んだのには驚いた。
「甘い物がお好きなんですか?」
「2つは君たちの分だ。アイスは嫌いかい?」
「嫌いだ」
マリヤが打ち返すように答えた。思わずコーリャは彼女の代わりに否定する。
「本当は好きですよ。ドーナツとか食べたりするし」
「そうか、良かった」
男はコーリャと、ひどいしかめ面のマリヤに笑いかけた。
「さっきはあんなことを言ったけど、通報するよりは自分の仕事がしたいと思う性分でね。つまり、君たちの話が聞きたいんだな。報酬は払うよ」
「僕たちの話……?」
「そう。どんな人生を送ってきて、何故モスクワに来たのか。ウクライナの子なら尚更歓迎だ。本を書こうと思っているところでね」
「どんな本?」
釣り込まれてコーリャは聞いた。
「君たちくらいの年齢の子の話だ。最低限の脚色しかしない。嘘のない証言を集めた本は学者の論文と同じくらい価値がある」
「あんた、それプライバシーの侵害って言うんじゃないの?」
「勿論、許可はとるさ」
飲み物が先に運ばれてきた。コーヒーを無糖のまま啜り、マリヤは腕時計に目を落とした。
「もし協力しないと言ったら?」
マリヤが尋ねても、ジャーナリストはにこにこしているだけだった。社長の笑顔がコーリャの頭に浮かぶ。彼女も同じように考えたらしい。
「分かった。ただし、あたしの話だけだよ。この子には聞くな」
「いいよマリヤ、僕は気にしないよ」
男は薄ら笑いを浮かべて見守っていたが、「当然、偽名でいいよ」と付け足した。
「そういう問題じゃない。この子のことは詮索しないで欲しいんだよ」
「マリヤ、いいんだって。僕だっていつまでもマリヤに甘えてるのは嫌だよ」
「それじゃあ、こうするのはどうだろう? まず私はマリヤに取材する。その後で、君の話をするかどうか決めればいい。時間もあまりないし」
そう言われて、コーリャは社長との約束を思い出した。時刻はもう一時過ぎだ。
やっときたアイスクリームを少しずつ食べながら、男はマリヤに尋ねる。
「君の名前はマリヤだね。まあ、本名かどうかは今は気にしない。何歳?」
「16」
「生まれたのは?」
「クラフトルスク。だけど、3歳の時にイルクーツクに行った」
男が素早く背筋を伸ばした。マリヤがぎょっとして、スプーンの上のアイスを卓に落とした。コーリャはそっとそれを紙で拭う。
「行った? 引っ越したではなく?」
彼は静かに聞いた。言葉の端々が震えている。




