第8章 5 資金調達
コーリャはもう、金を使わずに楽しもうとしか考えていなかった。
「簡単だよ。スリをやるんだ」
「えっ!」
「声が大きいよ」
マリヤは顔をしかめ、人の少ないカフェの裏にコーリャを連れて行った。
「スリだなんて……」
犯罪じゃないか。口ごもるコーリャをじろりと睨み、マリヤはせせら笑った。
「別に、素人のあんたにやらせるつもりはないよ。ただあたしのやり方に文句はつけないでほしいね」
「でも、よくないよ……」
「あのね、コーリャ。移動代も食費もなしで目的を達成できずに帰る方が問題だろう。警察に捕まりさえしなけりゃ、何でもありだ。子ども二人で外国に行くっていうのは、そういうことさね」
「目的って何? モスクワを見るのがゴールじゃないの?」
「違うよ!」
言い返してから、マリヤははっとした。コーリャがいぶかしげに見つめている。
「社長さんに話した時は……僕にロシアを見せるためだって言っていたじゃないか」
あれは嘘だ。いや、真実の一部でしかない。だけどそれを伝えたら、マリヤが抱えてしまった秘密まで話さないといけなくなる。
「僕なら、もう満足だよ。この広場を見て回って、アカトフさんにちょっと会うだけでいいよ。それでウクライナに戻ろうよ」
「……駄目なんだよ、それじゃ」
「どうして?」
コーリャの、まだ男にしては甲高い声がだんだん大きくなっていく。彼の両肩を叩くことで声を落とさせた。
「おかしいよ。他に何をするつもりなの? イルクーツクには行かないんだろ」
帰ろうよ、やめようよと連呼するコーリャはまるで駄々をこねる子どもだった。
マリヤだって子どもだ。自分の望みを通さずにはいられない。
「コーリャ。あんたは……それでいいの? こんな上っ面だけ派手やかな外人向けの観光地をちょろっと見ただけで、それで自分のルーツを知ったと言える?」
「だってしょうがないじゃんか……」
コーリャは弱々しく答えた。
「また来たくなったら、大人になってから来ればいいんだよ」
「無理だね」
マリヤが断言する。
「何で?」
「このままだとあんた、自殺するよ」
訳の分からないまま、マリヤの強い言葉に気圧される。
「あんたの家族がどうしてこんななのか、その理由もはっきり分からないままに自分ばっかり責め続けて、そのくせ八つ当たりで発散もしないで。あんたの心に毒が溜まり続けてるのに、誰も気づいてない。分かる? あんたがそうやっていい子ちゃんでいるから、伯父さんもあの辛気くさい面の従兄弟も、あんたの悩みを知らないんだよ。ただ死んだあんたの母さんだけを憐れんでいるだけ。このモスクワ中歩いてる男の中で誰があんたの父親なのか、あんた自身が今探さなきゃ一生見つけられないんだよ!」
コーリャはその場に凍りついた。マリヤは険しい顔で更に言葉を重ねた。
「それに、今のこのこ家に帰ったら、しばらくロシアになんか行かせてもらえないね。今、どんな手段を使っても、父親の面を拝んでおくべきなんだ。その為にあたしは金を手に入れてくる。いいね?」
コーリャはゆっくりと首を横に振った。
「そういうことなら……マリヤに任せられないよ。僕が……やらないと」
「素人が、無理するんじゃないよ」
マリヤは優しい手つきでコーリャの頭を撫でた。二、三歳しか変わらないのに。
「あの婆さんがいるベンチにでも座って待ってな。一通り処理してから戻ってくる」
「でも……もし捕まったら?」
「捕まらない」
優しく、しかし決然とマリヤは言った。コーリャはちょっと笑う。
「万引きで僕に捕まったくせに」
「生意気言えるくらい元気になったみたいだね」
マリヤもにやりと笑ったが、ふと声が沈んだ。
「ひどいこと言ってごめんね。あれ、よくなかった」
彼女が大股で歩き去ってから、コーリャはのろのろと広場に出て行った。空いているベンチを何とか見つけて座ると、一気に力が抜けた。
僕が__自殺するだって?




