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第6章 4 新しい家族

 売れ残りのバケットを抱えて伯父の家に帰ると、伯母が出迎えてくれた。

「お帰り、コーリャ」

「ただいま」

 コーリャがバケットの包みを差し出すと、伯母は喜んだ。

「おかげで、食費が浮くわ。いつもありがとうね」

「どういたしまして」

 ほぼ時を同じくして帰宅した大学生の従兄弟が、靴の裏をマットにこすりつけながら鼻を動かす。

「夕食は何? 牛肉のトマト煮込みか?」

「あたり。ただいまくらい言いなさいよ」

 従兄弟はもごもごと口の中でただいまを言った。近くにいたコーリャにだけ聞き取れた。

「今日はえらいご馳走だよな」

 笑いかけられ、コーリャもうなずく。今日は何か特別な日だっけ。

「別に、食材があっただけよ。コートは脱いで。どこにばい菌がついているか分かりゃしないんだから」

 従兄弟がこっそり舌を鳴らす。コーリャは聞こえないふりをして伯母の元へ歩いて行った。


 この家に引き取られてから、伯母の家事を出来るだけ手伝うようになった。伯母はコーリャが側に寄っても嫌な顔一つしない。柔らかな声で指示を出し、コーリャの作業を滞りなく導いてくれる。


 息子2人、マリクとセルギーが家のことを全く顧みないタイプだから、コーリャが来てくれて嬉しいのだと伯母はいつかコーリャに言った。だから、ずっとうちにいてね。 


 その気遣いは、コーリャに苦い事実を思い起こさせる。母親と暮らしていた時、コーリャは家事を手伝おうとしなかったこと。あの狭いアパートの室内はいつだって散らかり放題だった。食事は専ら外食で、洗濯だってコーリャはしたことがない。古い洗濯機の中に汚れた衣類を放り込んでおくと、いつの間にか洗って窓の前に干してあった。母親はコーリャが近くに来るとひどい拒否反応を示したから、何か役に立とうと思うことはいつしかなくなった。


 だけど、だけど。母親がいなくなった今になってコーリャは後悔している。自分の怠けたい気持ちが目隠しをしていただけで、本当は母親の力になれることは沢山あったんじゃないか。毎日死に物狂いで働いて、少なくとも生活費や学費は捻出し続けてくれた母さん。その上僕が放置した山盛りの家事を毎日目の前にして__そんな日常に嫌気が差したからこそ、自殺したんじゃないか。


 その仮説がコーリャの頭に降りてきたのは、伯父の家で四度目の夜だった。夕食の皿を洗う彼に、伯父がぽんと声をかけたのだ。

『毎晩、よく続くねえ』

 あれは、積極的に手伝いを買って出るコーリャに感心した、何の含みもない言葉だったと思う。伯父は子どもに嫌みを言うような人間ではない、それは確かだ。ただ、『20年以上毎日続けている私は何なんですよ』と伯母に叱られていたけれど。

 従兄弟たちや伯母自身も笑っていた。だがコーリャは雷に打たれたように体が動かなかった。

 明らかに心をおかしくしていた母親には何も力を貸さず、こうして快適に暮らさせてくれる伯父一家にはまるで媚を売るかのように甲斐甲斐しく振る舞う。自分がやっていることはつまりそういうことなのだと自覚した瞬間だった。

 肉の煮込みの灰汁をとりながら思う。媚を売っていると認めてからもこうして伯母を手伝っているのは、自分の生活を快適に保ちたいからだ。伯父一家の機嫌を損ねてしまえば、僕にはもう居場所がない。

 __母さんが死んだのに、僕は自分のことばっかりだ。



 伯父が今夜は仕事で遅くなると聞いた。一人欠けた夕食の席で、セルギーがためらいがちに話題を切り出す。

「昨日、同級生の女の子の話をしただろ」

「ああ、あの万引き女か」

「マリク、やめなさい」

 上の従兄弟はたしなめられて肩をすくめる。

「あの子の親が今日学校に来ていて、大騒ぎだったんだ」

 コーリャは思わず身を乗り出した。

「どうして? 何があったの?」

 セルギーはコーリャに目配せをする。

「コーリャの店が、学校に通報したんだよ。お宅さんの生徒が、何遍も万引きをするんで困っています。きつく叱ってやってください__って」

「どうやって素性が分かったんだろう」

 コーリャは呟く。

「学校中があの子の噂しているからね。誰かが店に通報したんだろ。担任が親を呼び出したけど、親は娘がもうずっとサボっていることを知らなかった。職員室で半狂乱だ」

 セルギーは話しながら遠慮がちに笑いを浮かべている。彼女を気の毒に思っているけど、それはそれとしてゴシップはしっかり押さえておきたい。好奇心と後ろめたさをない交ぜにした表情だった。

「親は篤志家だって言っただろう。こんな不祥事で学校に呼び出されることはなかったんだって。あの子の母親が平謝りする隣で父親は激怒してた。家に帰ってから、あの子はどんな目にあったんだろうね」

 コーリャは匙を置いた。まだ彼女と親密になった訳ではないけれど、静かに話を聞いていた伯母が気遣わしげに彼を見た。一方、マリクは弟の話にもう飽きたようだった。

「なるようになるさ。お前が心配するこっちゃない……」

楽観的な兄の言葉にセルギーもうなずく。話が閉じられようとしたその時、コーリャは咄嗟に尋ねた。

「ねえ、その子の名前は何て言うの?」

 ちょっと驚いた顔をして、マリクが答える。

「アンナだよ。アンナ・メレンコ」

「ありがと」

 コーリャの挙動を伯母とマリクが目で追っている。だが当のコーリャは気がつかない。明日、どうやってアンナに会おうと思案していたからだ。


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