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第5章 4 コーリャ

「コーリャ」

 墓の前にいるコーリャを呼ぶ声がする。コーリャは振り向き、意識的に笑顔を作る。

「伯父さん」

「もう家に帰ろう。皆が待っているから」

「うん」

 墓場に来たのは母親に会いにくるためだった。けれど、歩いているうちにコーリャは別のことに気がついた。


 墓場の外れ、他の墓から明確に分けられた区画に、石碑の群れがある。石版を読んで、埋葬されているのが誰なのかはすぐに分かった。


 それは、かつての戦争で戦死したロシア兵の墓だった。多くのロシア兵の死体は国に返還されたけれど、それでも誰も引き取りにこなかった者だけがこうしてこの異国に埋葬されている。今でも生前の彼らと同じように憎まれているのかと言えばそうとも限らず、墓の掃除を買って出る優しい町民が一定数いる。


 コーリャの父親もそこに眠っているのかもしれない。だがコーリャはもう父親の所在にあまりこだわらなくなっていた。母親が死んだ今、探し出す手がかりもなければ、その気もない。


 自分が勘違いしていたこと、それが長年母親を苦しめた元凶だったこと。一ヶ月経った今でも、コーリャは深く追及しようとはしなかった。顔も知らない父親のあまりにも残酷な所業。自分という息子の存在すら、母親を苦しめていたのだと知った時には一晩中眠れなかった。翌日の夜には、最後に対面した母親の顔が夢に出た。


 自分とよく似ていた母親の顔は、青黒く膨らんでいた。彼女の首を絞めて死に至らせた紐は、いつか便利だからと自分が買ったビニール紐だった。彼女の足元には、血溜まりが出来ていた。


 シロンに抱きしめられる肌が、段々と冷たくなっていくのを自分でも感じていた。シロンは__出会ったばかりの善良な友達は、絶対に後ろを見ないでくれと何度も懇願していたっけ。どうしても気になってとうとう振り返った時、彼の悲鳴が遠のいていった。約束を破ったことを後悔した。


 学校には、あれから一度も行っていない。そのうち退学届を出さないといけない。伯父一家はそのままの学校に通うといいと言ってくれたけれど、学費の高いその学校に居候の身で通う気にはなれなかった。


 墓場まで伯父は車を出してくれていた。感謝しながら助手席に乗る。親がいなくなった不安定さは底なし沼に落ちていくような容赦ない絶望感と直結している。葬儀の手配から警察との折衝まで世話してくれた伯父たちの親切が恐ろしい。働いて生活費を入れると言うと、伯母に叱られた。子どもなんだからちゃんと甘えなさいと言って。


 その日はアパートの方にも寄る予定だった。片付けを進めて、一刻も早く退去しなければならない。家賃を無駄に払うことになってしまう。


 ポストを習慣に従って開けると、ダイレクトメールやチラシに混ざって一通の手紙が入っていた。今どき珍しい。切手がべたべたと貼られた上に、モスクワの局印が押してあった。


 誰からの手紙だろう? 裏返すと、ロシア語の綴りで名前と住所が書かれていた。名前だけ辛うじてさっと読み、封筒は折り畳んでポケットに隠した。ロシアから来た手紙なんて、伯父は決して喜ばないだろう。


 重苦しい気配が残る部屋を辞して車に乗りながら、コーリャは物思いにふけった。手紙の送り主。ジナイーダ・アカトヴァというらしい。一体誰だ? いつ僕の住所と名前を知ったのだろう。




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