第5章 2 シロン
ほんの3日ほどの旅行だったけれど、シロンはウクライナに大きな未練を残したまま自宅に帰ってきた。狭いキッチン、トイレと一緒の風呂の他に一部屋しかない安いアパートだ。外国のアパートの相場は知らないが、ドアの大きさからして新しい友だちの家とは格が違っていた。
シロンの後ろを母親がついてくる。その足取りはシロンと同じく重い。落胆と不安を一歩ごとに運んでいるからだ。
本当なら、そうした物も何もかも含めて異国に置いてくるつもりだった。必死に貯めたわずかなまとまった金をつぎ込んだ旅行に2人は文字通り命を賭けていた。
2人はウクライナで心中しようと決めていた。父親が戦死した、その場所で。期待していたような父親の痕跡を見つけることはできなかった。その上、予想外の出来事が起きたせいで、シロンの中の死への切望は流れ去った。
それが、コーリャの母親の突然死だった。目を閉じると今でも彼女の姿が浮かび上がってくるため、寝不足だ。長いブロンドの髪と両腕が同じようにぶらぶらと生気なく揺れていた。強烈な臭いが鼻を刺し、コーリャが振り向こうとしたのを必死に止めた。何があっても彼に母親の姿を見せてはいけない。その一念で、その先を考える余裕もなくコーリャを抱きしめていた。
コーリャは今、どうしているのか。あれほど同年代の子と打ち解けられたのは初めてだった。コーリャがようやく母親を認めた時の顔はこの先一生忘れることはないと思う。仲の良い人間がいるうちは自殺などできないのだと、その時に理解した。
しかし、もらった電話番号は、ロシアからかけることができない。(第一、シロンの家には固定電話も携帯電話もない)それに、あのアパートに彼が住み続けると思えない。所詮は偶然出会っただけの脆い関係なのだ。
「寒いね」
玄関で靴を脱いだ母親がぽつんと呟いた。まだ二月だから。シロンは心の中で返事をした。
きっと母親は失望している。シロンよりも過酷な人生を送ってきた彼女だ。死のうと決めた時から、彼女は少し陽気になった。ウクライナへ向かうバスと列車の中で珍しくシロンと言葉遊びをして、子どものようにはしゃいでいた。何年ぶりだろうと奇妙な感慨を覚えたシロンの方が、むしろ大人らしかった。
あの事件の後、警察署からシロンは母親に連絡した。ツアーの主催者も含めて皆がシロンとコーリャを苛々しながら待っていた。しかし、警察官に事情を耳打ちされると彼らは打って変わってコーリャに同情的な態度をとった。とりわけあの体格の良いロシア人男なんかは、コーリャを父親のようにきつく抱きしめて慰めていた。その間シロンは手持ち無沙汰だ。母親の元に駆け寄る気にはなれない。コーリャの前だから。
コーリャの伯父が迎えに来た後、ようやくシロンは母親とその場を離れることができた。母親がコーリャの心情をまず案じたことにシロンはほっとした。2人の計画について母親からは何も言わなかったけれど、シロンが「家に帰ろう」と言うと、母親は黙ってうなずいた。この日のために買った毒薬や、何遍も書いては破った遺書は無駄になった。
シロンは、母親に対して後ろめたさを感じている。彼女を苦しみの日々から解放できなかったからである。父親の死を未だに生々しく悲しんでいる母親を側で見続けたシロンが出した答えが、死という終止符であった。いや__本当は、母親をだしにしていただけで、死にたいと思っていたのはシロンの方だったのかもしれない。
2人で死のう__そう提案したのは、シロンだった。心が擦り切れるばかりの日々を過ごすのに、もうシロンはうんざりしていたのだ。シロンを救ってくれるアッラーは、少なくとも近くにはいない。澱のように心に毎日溜まっていく哀しみを聴いてくれる人もいなかった。
家に帰ってきたならば、学校にも行かなければならない。そう考えただけで、シロンの足は更に重くなった。母親は既に室内の椅子に腰掛け、安い酒の缶を開けていた。学校に行きたくないと彼女に伝えたことはない。今でさえ働き詰めで疲れている母親を更に悩ませるのは良くないと分かっているからだ。
シロンは学校でひどい苛めに遭っている。モスクワ市内の公立学校では、タタール人の割合がかなり少ない。入学してきた当初から教師には目をつけられ、同級生からの好奇の目に晒され続けた。カザンから引っ越してきたばかりで訛りが強く残っていたのも、子どもたちの中で浮く原因の1つだった。
持ち物を隠されるのは日常茶飯事だ。そのうち、どうでもいいような物しか持ってこないことを覚えた。教科書を持たない問題児として教師から睨まれ、母親に手紙を書かれるのが唯一の困り事だ。
彼がムスリムだということは何故か学校中が知っていた。といっても宗教的配慮をするためではない。一月のクリスマスパーティからシロンは毎年疎外された。1年の時、乱暴な同級生が、わざわざ用意したスカーフでシロンの顔を包み、首の周りで縛った。息が出来なくなってもがいているところを、授業のためにやってきた教師に救われた。
親戚がカザンからやってきて財布を買ってくれたその日、街中で出会った同級生が取り上げた。小銭は勿論、財布の奥に仕舞っていた父親の写真も奪われた。後日、教室の壁に顔だけくりぬかれた父親の写真が画鋲で留められていた。顔の部分に代わりに貼り付けられたのは、学年で一番醜い少女の顔写真だった。「シロンの大事な人」という字がでかでかと書き殴られていた。
シロンの家庭事情は教師しか知らないはずだったが、何故か気がついたときには学校全体に広まっていた。「娼婦の子」と嘲られた時の担任のにやけ顔を見て、彼が子どもにばらしたのだとシロンは悟る。それでも、抗議する意義はない。
真面目に勉強はしていたため、試験の成績は良い方だ。だが、家で終わらせた宿題は提出する前に同級生に破かれて外の焼却炉に放り込まれたため、教師からの評価は低かった。母親が成績表を見て「もっと頑張ることはできないの?」と力なく尋ねる度に、叫びだしたいほど腹が立った。誰にだ。何もかもに。通っている学校、意地悪な同級生、自分に絶えず気を遣わせる母親。
タタール人同士のコミュニティクラブが近所で開かれており、シロンも母親に連れられて何度か顔を出した。そこには違う学校の子どもたちもいて、彼らと遊ぶのは楽しかった。同じような境遇であったので、愚痴を語り合うことが出来た。だがそんな居場所も同級生たちによって破壊された。クラブメンバーを強烈に侮辱する手紙を彼らが送りつけたのだ。シロンの名前で。
ドアが叩かれた。この家にはチャイムもない。まだ玄関にぼんやりと座り込んでいたシロンが出た。外に立っていたのは、知り合いの男だった。母親の旧い友人らしい。モスクワに最近越してきて、度々家にやってくる。




