第4章 6
「どこに行くの?」
母親を残してきたシロンは気もそぞろだ。
「さあね」
はぐらかすが、コーリャは家に帰るつもりだった。
家にはコーリャがバイト代を貯めているヒミツの財布がある。このお金を彼に渡そう。それだけを考えていた。それがシロンを傷つけるかもしれないとは全く気がつかない。ただ、シロンを助けたい。その思いでいっぱいだった。
家の前まで来たとき、シロンが口を開いた。「僕のことを……忘れないでほしい」
「何だって?」
聞き返しながら、コーリャは鞄の中を探った。おかしいな。家の鍵が見つからない。ホテルに忘れてきたのだろうか?
シロンは続けた。
「最後に友達ができた、それだけで僕は嬉しかった……。でも、どうか悲しまないでほしい」
家の扉には、鍵がかかっていなかった。きっと母親が中にいるのだろう。ノブに手をかけて、コーリャは振り返った。
「それ、どういう意味?」
シロンの落ち着いた顔をまっすぐ見返りながら、コーリャは後ろ手で扉を開いた。
「だから、」
答えようとしたシロンの口が止まった。薄い唇が震え出すのをコーリャは訝しく思った。
シロンには家の中が見えていた。そして、あまりの驚き息が止まりそうだった。コーリャはまだシロンを見つめていて、家の中の様子には気がついていない。
「まさか、自殺なんてするつもりじゃないよね?」
コーリャはそう尋ねた。シロンは答えられない。コーリャがシロンの胸元を掴み、何度も揺さぶった。そこでやっとシロンは約束する。
「自殺なんてしない。絶対にしないってアッラーに誓う」
コーリャはほっとした顔をした。シロンはそれがたまらなく辛かった。コーリャの両肩を掴んで、強い口調で詰め寄った。
「だから、だから。どうか、振り向かないで。コーリャも僕に約束して」
コーリャは訳も分からないままに約束した。しかし、それと同時にどうしても振り向きたくなってしまう。だが、そんなコーリャをシロンが抱きしめ、動けないようにした。
振り向かないで。壊れたテープのように繰り返すシロンの眼前には、紐を首に何重にも巻きつけた、コーリャの母親の死体が揺れていた。




