第4章 5
着替えを取りに帰った後、ホテルの前で待っていたシロンと合流した。明日の朝までは自由時間だった。
「親御さんには許してもらった?」
シロンの問いかけに首を振る。
「どうせ向こうも夜遅いから。僕がいなくても気づかないよ」
シロンはちょっと首を傾げた。
「心配するんじゃないかな?」
「大丈夫。ウチは放任だから」
放任という言葉は好きだ。自由の象徴だから。寂しさはあるがやりきれなさは大分薄れる。
「どこか案内しようか? 買いたい物はない?」
「大丈夫」
さっきのコーリャと同じ口調でシロンは言った。
「何か買うつもりはないから」
近くで聞いていたガイドが、鼻で笑った。シロンは少し顔を赤らめたけど、気にする必要はないとコーリャは思う。
それから夜になるまで、シロンとコーリャは一緒に遊んでいた。打ち合わせで抜ける間も、彼は待ってくれていた。こんなに打ち解けられたのは初めてな気がした。
夜中になっても話し足りず、二人はベランダに出た。シロンの母親は部屋の中で、ぼんやりと写真を握って座っていた。時折、シロンは部屋の中を振り返り、母親の姿があることを確認する。
「僕のことを待っているんだ」
シロンは呟いた。母親のことだとコーリャが気づくのに少し時間がかかった。
「あ、ごめん。長居しちゃった?」
「ううん、ここにいて」
シロンはベランダの手すりにだらしなく肘をつく。
「この後、母さんと出かけるんだ」
「い、今から?」
「うん」
もう夜中なのに。
「夜出歩くのはよした方がいいよ。ちょっと危ないから」
「大丈夫だよ」
シロンは常に静かな口調で話す。動揺したり、声を荒げることは滅多にないのだろう。
「僕たち、見て分かったと思うけど、すごく貧乏なんだよ」
シロンは言った。
「父さんは僕が赤ちゃんの頃にこの辺りで戦死した。だから、父さんの墓を探すためにツアーに参加したんだけど……この先の生活費全部はたいても、まだ参加費には足りなかった。だから僕と母さんで沢山働いて、ありったけの全財産つぎ込んでここに来た」
だから、ツアーから帰った後なんて、僕たちにはないんだよね。
吐き捨てられた言葉にコーリャは少し怖くなった。シロンの表情は、さっきまでふざけ合っていた時と少しも変わっていない。時折母親の様子を窺いながら、淡々とコーリャに話し続ける。
数年前にモスクワに引っ越した母親は、不安定な職を点々とし続けてきたこと。学校でもいじめを受け、まともな友だちなんて一人もいないこと。
黙って聞いていたコーリャは、やがて決断した。シロンの手を握って立ち上がらせ、有無を言わさずホテルを抜け出した。




