第4章 4 バスツアー
待ちに待った当日、長時間列車を乗り継いでツアーの団体がやってきた。コーリャは旗を降って駅で出迎えた。ガイドに先導されて駅に降りた客たちは、好奇心に満ちた瞳で駅の内装を見回した。予想以上にきれいに整えられていることに驚いているようでもあった。
ツアーの人数はそこまで多くはないが、同じような団体がこの先何日もかけてツアーを実施するそうだ。上手く嵌まればこの先もバイトに誘われるかもしれない。そうなったら学校をサボるべきだろうかとコーリャは悩んでいる。
いろんな年代の人たちだった。杖をついた老婆がいれば、おしゃれな若夫婦もいれば、みすぼらしい身なりの母子もいた。母親の隣に座る子どもはコーリャとほぼ同じ年頃に見えた。黒い髪で柔和な顔立ちの男子だ。コーリャと目が合うと眠そうに目を細めた。コーリャは軽くお辞儀をした。バスが発車する前に、観光会社の社長が出てきて挨拶をした。悲劇の地を見て回ろうという皆様の心意気は、大変ご立派であります。どうか、ツアーから帰った後も、この町のことを思い出してやってください。
ツアーは滞りなく進んだ。ロシア軍が一時は「解放」した村を見て回り、ミサイルの跡を恐々とのぞき込み、戦争記念館を見学した。日程に組み込まれた名所についてはガイドが熟知していたが、コーリャも尋ねられれば土産物を買える店や戦時中に核シェルター代わりになった地下の在処を案内した。全員分の飲み物を買いに走ったこともあった。
まあまあ楽しい経験だった。早口で話されると内容がよく分からなくなるから、そこは知り合いの助言に従ってにこにこと愛想笑いしていた。バスで移動している時、コーリャの隣をわざわざ選んで座った男がいた。
彼は一人でツアーに参加したらしい。コーリャのことを随分と気に入ってくれたようで、しきりに話しかけてきた。チップをたっぷり弾む気前の良い客でもある。
男は、がっしりとした体格で、たくし上げた袖から固く引き締まった腕の筋肉がのぞいた。コーリャの個人的な話も知りたがり、嬉しそうに笑いながら質問を浴びせた。年齢は。どこで生まれたのか。家族は何人いるのか。
母親と一人暮らしで、父親はいないと聞くと、男は驚いたようだった。可哀想にと同情するその様子を見て、優しい人だなとコーリャは思った。母親がどんな見かけか、どんな女性か__そんなことも彼は知りたがった。彼自身は結婚しているらしい。子どもがいるとは一切言わなかった。ただ、息子がほしかったとぽろりとこぼす。コーリャを息子に見立てているのかもしれない。
男からやっと解放されたのは、トイレ休憩の時だった。バスを降りる男に一緒に来ないかと誘われたが、話しすぎで少し疲れたコーリャは首を振った。ロシア語の聞き取りは神経を使う。頭を休めておきたかった。
目を閉じて背もたれに身を預けていると、誰かが隣に座ってくる気配があった。さっきの男に違いない。薄目を開けると、予想は外れていた。
隣にいたのは、黒い髪の少年だった。驚いて目を瞠ると、少年は微笑んだ。
「休んでいて」
コーリャはその言葉に甘えて、また目を閉じた。朝から動き回っているから、少し眠気もあった。
次に気がついた時、バスは発車していた。少年はまだ隣から動かない。男の客はどうしたのかと見回すと、少し離れた席でつまらなさそうに携帯をいじっていた。
コーリャの視線の先に気づいて、少年はささやいた。落ち着いた、ゆったりとした喋り方をする子だ。コーリャのために気を遣ってくれているのかもしれない。
「あの人には気をつけて。何だか変な目つきだよ」
コーリャは驚く。
「そ、そう? 分からなかった」
「駅に来た時からずっと君のことを見ているし、さっきはこっそり君の写真を撮っていたから……ちょっと気になって」
そこで少年はちょっと気恥ずかしそうに頬をかいた。
「ごめんね、僕も君のことをずっと気にしているみたい」
コーリャは思わず笑った。この子は随分恥ずかしがりだ。何も謝ることなんてないのに。
少年はシロンと名乗った。生まれたのはタターリスタンのカザンだけど、今はモスクワ市内で暮らしている。年はコーリャより1つ上の14歳。
シロンと母親は、他の客に比べて荷物が少なかった。途中で土産物を買っている様子もない。あれは貧乏人だ、大したチップは貰えないとガイドがこぼしていたのをコーリャは傍らで聞いていた。
一緒に参加しているシロンの母親は、後ろの席で窓の外をまっすぐ眺めていた。周りの賑やかさなどどこ吹く風だ。シロンとよく顔が似ていて、少しエキゾチックな印象を抱かせる。
ひとしきりしゃべった後で、コーリャはペットボトルのコーラをシロンに渡した。シロンは驚いて断る。それでもコーリャは彼に押しつけた。
「僕が買った分だから。回し飲みしよう」
「君に悪いよ」
「いいよ。僕らどっちも喉が渇いているんだから」
無理やりシロンの手にコーラを預けると、彼は少し笑ってうなずいた。
ツアーはコーリャの街で一泊の宿を取る。ツアー客とガイドにはホテルが用意されているが、コーリャはどうするのかとあの男の客に聞かれた。
「家に帰ります」
すると、シロンが提案した。
「一緒に泊まったら?」
ガイドも賛成した。これからの日程の打ち合わせも必要だった。押し問答の結果コーリャはガイドの部屋に一緒に泊まることになった、ただしシングルなのでコーリャは床で寝ることになる。キャンプみたいだ。




