結
「リューガさん、この度はありがとうごさいました!」
紘子が九十度きっちりにお辞儀した。
「負傷者ゼロでしたし、行使者は捕まえられましたし、私、すっきりしたのですよ!!」
紘子は両腕を交互に回した。昼よりも、動きが俊敏になっている気がする。
「あ、鍵、渡しますね!」
戦闘後、悪の塊を封じた金印は、冒険していた世界につながるアイキー(眼球のような物に鍵がくっついているから、アイ・キーと呼ぶ)に変化した。それを紘子がさっきまで預かっていたのだ。結んでおきたい物があるから、という理由で。ストラップやチェーンを通す穴は無いのだが……。
「リューガさん、走って、走って、走りつくすのですよ!」
アイキーには、学級委員長(もしくは風紀委員)タイプの彼女には似合わない、とんでもない物がアイの方に無理やり刺さっていた。
「骸骨なのですよ!」
「それは分かる。ロックに目覚めたのか? 鍵だけに」
「掛詞ですね!? 座布団を差しあげたいですけど、私はお経派です!」
空満大学は空満神道の理念に基づく学校だが、紘子は仏教推しだった。リューガが灰谷勇だった頃、帝国大学政治学部附属空形高校(略して帝空高、など)で演劇部の顧問をしていた彼女が、台本に「無間地獄」のシーンを追加したくて急遽ミーティングを開かせたことがあった。
「生きている人物がどんなに強くても、賢くても、美しくても、肉体が滅びてしまえば皆、同じ骨なのですよ! 敵と力の差を比べてしまった時、思い出していただけたら嬉しいです!」
リューガのふわふわな首に、骸骨がかけられた。猫背になって逆Uの字にさせた状態で彼に装着されたとイメージしてほしい。
なお、憑依は金印の不思議な力で解除され、唯音の身体を生かしたまま離したのだった。
「こっちこそ、ありがとうな!」
「寂しくなりますね……」
「時空の結界」が大学正門に出現した。幾多の世界を行き来できる扉であった。無常を示す飾りが、ひとりでに動いて、器用にアイキーをはめ込んだ。空満に坐す神が骸骨に何らかの力を与えて、「破壊の支配者」の旅立ちを助けたのだろう。正門と呼ぶにはさびれた雰囲気だったが、歴史ある証だ。
「リューガっ!」
元気な声に振り向くと、「日本文学課外研究部隊」が全員集合していた。顧問のまゆみも一緒だった。
「無病息災でいるんだぞっ!」
華火が、ポニーテールと手をめいっぱい振っていた。マリンダも、風邪とかひくなよ。
「さむセンパイ、ミセス・ショーガのコスフィオレ、必ズ作りマスからネ☆」
リューガは、ショーガのコスフィオレ(コスプレ)をした萌子を想像して羽毛を赤くした。デカさは本家に及ばないが、セクシー度が上がること間違いなしだ。
「素敵な一日やったよぉ。いつかお話に書くわぁ」
ノートに小説を書いているのだと、夕陽はこっそり教えてくれた。どんな物語になるんだろう。どこかの世界で読めますように。
「焼き鳥……」
唯音がぽつりとそれだけ言った。細身だがけっこうな大食らいで、酒を1mlでも飲んだら饒舌になる面白い理系女子だ。通常、憑依した時点で故人となるのだが、何ともないのは、彼女をはじめヒロインズに蒔かれた「種」が関わっているのだろう。
「じゃあ、また」
やる気なさそうに挨拶するふみか。これでも、最初と比べて心を開いているのだ。本気で嫌っているなら、顔を見せないだろうし。
「いつでも空満にいらっしゃい。ふと帰りたくなる。ここは、そんな所よ」
まゆみは今回、騒動を「引き」起こさなかった。リューガと旅をしているマユミに会わせたら、どんな展開になるのか、楽しみだった。
「行ってくる」
片羽を上げて、リューガは空満 ―1080の世界を去った。